第11章 間章 -Interlude-
生暖かい風が、頰をかすめた感じがした。
ピリリリ、という彼らの腕に装着されている端末から呼び出しのコール音が鳴った。その音は一気に彼らの現実、———仕事へと引き戻す。
狡噛と亜希。二人は、呼び出しにすぐさま応答した。
『新宿区にて身元不明の遺体が発見された』
端末越しから聞こえる冷静沈着の声の主は、同じ監視官の宜野座伸元だ。
『それに加え現場で規定値超過のPSYCHO-PASSも計測。当直監視官は執行官を伴い直ちに現場へ急行せよ』
吐き捨てるような口調の宜野座からの連絡はすぐに切れた。
二人は端末をしまった。
「こんな時に……っもう! 和んでる場合じゃなかったわ!!」
「急がなきゃ!」と慌てて楽器をケースにしまう自分を待っている狡噛に向かって「先に行ってていいわよ!」と背を向けて叫ぶ彼女。
そんな彼女に向かって「いや、いい。一緒に行こう」と彼は言った。
秒での片付けに慣れているのだろうか、ケースを右手に握りしめた彼女は(彼がふと彼女の方へ目をやるともう既に片付けが終わっていた)、駆け足で狡噛が待っているテラスの入口へと向かった。
———あの時は何故か、そんな台詞をあいつに言った。彼女と一緒に向かう理由は特にない。けれど、もう少しだけ、彼女と一緒に居たいと思った。
このあとすぐに、『公安局広域重要指定事件102』———、通称『標本事件』の幕が開かれた。
真壁亜希と狡噛慎也が約束していた3日後も、事件の処理で残業を余儀なくされ、水の泡となった。
———来年、聴けたらいい。
そう、思っていた俺だった。
しかし、その年に真壁亜希は突如として姿を消した。
事件の捜査中に行方をくらませた、あんなに煩かった部下も無残な姿で見つかった。
一瞬で、大切な存在だった部下と同僚が奪われて居なくなった。
気づいたら俺は、猟犬として、執行官になっていた。
自分に向かって上品に笑うあの時の彼女の顔が、視界いっぱいに広がった。
「……起こしちゃいました?」
「………いや」
静かに瞼が開いた。
入院お見舞いの果物が部分的に見えるバスケットを抱えた常守が視界に入って、俺は夢をみていたのだと気づいた。
『———おめでとう、慎也。』
そう言うお前の声を、俺は聞きたい。