第8章 楽園の果実
都内の道路を走る一つの車。そこには私服姿の常守と、スーツ姿の狡噛が居た。もうすでに陽は落ちていた。車窓越しのビルから漏れる光が少し眩しい。
常守は今日、狡噛と一緒に埼玉県秩父の山奥に暮らしている臨床心理学の元教授・雑賀 譲二(さいが じょうじ)の元へと訪れた。雑賀は、建物や周りの環境のホロをほとんど使っていなかった。家に入るなり眼鏡をかけマフラーを巻いた彼に早速千葉県出身であることと泳げないこと(これは冷や汗をかいてしまった)、それからかなりのお婆ちゃんっ子であることを見抜かれた常守はまるでこの間の狡噛みたいだ、と思った。
そんな雑賀教授に二つお願いをした狡噛。一つは最近プロファイリングに興味が湧いた常守に短期集中講義を(お願いされた彼は、こんな世捨て人に新しい生徒が出来るなんてありがたい話だと嬉しそうに呟いていた)、そしてもう一つは”奴”を探すために雑賀が保管している今までの受講生名簿を見せてもらったのだ。
「少しはあんたの役に立ったか?」
走る車内で狡噛が問いかけた。窓に映る常守は講義を受けて疲れたのか、顔を上下に揺らしいつでも瞳が閉じそうな具合だった。
常守は問いかけに「あっ、はい! とても!」と返した。
「凄い先生です。公安局の保管庫(アーカイブ)に入ってないのが不思議で仕方ありません」
自動運転の座席に常守は三角座りをしながら答える。