第8章 楽園の果実
桜霜学園の美術室、王陵璃華子が作品制作に熱を上げていた場所に、常守と狡噛は居た。大きな教室の窓から日差しが差し込んでいる。窓の方を向きながら狡噛は、端末で僅かに残された音声ファイルを開いて再生していた。再生が終わってファイルを閉じた狡噛に、隣にいた常守は話しかける。
「……あと一歩でしたね。王陵璃華子は既に、指名手配されています」
時間の問題です、と言う常守に狡噛は「……消えるな」と呟く。「え?」と彼がその台詞を言う意味がわからずに首を傾げる常守の後ろから宜野座が入ってくる。常守を避ける際に、肩と肩とがぶつかったがそれを気にする様子もなく、狡噛の肩を叩いて「ちょっと来い、話がある」と彼を連れ出した宜野座。
階段に寄りかかりながら宜野座からの言葉を待つ狡噛。一方宜野座は、踊り場に立って狡噛に背を向けているだけで一向に話を切り出さずにいた。そんな彼に痺れ切らした狡噛はため息をついて宜野座に話しかける。
「何だよ……。文句があるならハッキリ言え」
「……すまなかった。感情的になっていたのは俺の方だった。奴は、お前の妄想じゃなかった」
と、謝罪の言葉を述べる宜野座。
「……気にするな」
狡噛が階段を降りて宜野座と同じ踊り場に立つ。
「執行官の言うことを、全て真に受けてたら監視官は務まらない……」
「そうだろ?」と話す狡噛に「だが……」と呟く宜野座。そして狡噛は目を閉じて宜野座に話す。
「……獲物の尻尾が鼻先をかすめたみたいな感じだ」
再び目を開いた狡噛。
「俺は今、久しぶりにとてもいい気分だよ、ギノ」
ニヤリと笑う狡噛の目は、獲物を捕らえる野獣のように暗く光る目をしていた。
「だが、亜希の方はまだ、妄想じゃないと分かった訳では無いからな」
「………分かってるよ」