第7章 沈黙は、語り続ける。
樹木と低木に覆われたこの土地にぽつんと佇む一軒家。木々は枯れて枝だけを伸ばしていて、独特の染み透る重い冷気が頬をかすめそうなそんな時期。———もうすぐ冬がくる。しかし今日はしとしとと雨が降っていた。いつも野外で演奏をする彼女にとっては不都合な日だ。そんな彼女、真壁亜希は室内で紅茶を啜っていた。
彼女以外の人間は、この家にはいない。ソーサーにカップを置いた彼女は喋る。
「———こんな天気だと、思い出してしまうわね。あの日を」
窓にはパラパラと雨粒が休みなく叩いている。雨粒たちは今彼女がいる部屋に入りたそうにしているような打ち付け具合だ。
———あの日、3年前のあの日。
彼女、真壁亜希は、自分とは血縁関係にあたる彼、槙島聖護に捕らわれた。まぁ、”強制的に連れてこられた”と言うこともできるかもしれないが。
『やあ亜希、久しぶりだね』
『……ねぇ、槙島聖護さん?』
『ははっ、そんなに固くならなくても……以前のように接してくれて大丈夫だよ』
『聖護さん………今私(わたくし)、仕事中ですの』
『亜希がそんな言葉遣いになる時は、何か不愉快な思いをしている時だね。うん、姿は変わっても中身は変わらないことに安心したよ』
———公安局刑事課一係の監視官になった亜希の姿は数年前とは違い、瞳の色も、髪の色も黒曜石のように真っ黒だった。
『……………っ』
槙島は、頃合いを見計らって現場に戻ろうとした亜希の体を引き寄せて顔を向かい合わせた。それは一瞬のことだった。
『何をするっ………んっ……』
彼に口づけをされた彼女。突然のことに驚いた亜希は手足を出すこともできずにそれを受け入れる形となった。
『……やっ、はな……し……て……』
必死に抗おうとする亜希に槙島は、ある行動をとる。
『苦肉の策だけど仕方がない』
———亜希、君には少々眠ってもらおう。
ぷつん、と亜希の視界が暗くなった。
ぱたん、と彼女が地面に倒れる前に槙島が腕で受け止める。
———亜希、君は僕の存在を受け入れてくれるだろうか。