第6章 変わらぬ愛の花言葉
「———王陵牢一。ある時期、一世を風靡したイラストレーターです。ご存知ありませんか?」
「生憎と、美術の世界には造形が無くてね」
泉宮寺の言葉に彼は、王陵の父親について話し始める。
「少女の肉体をモチーフに、残虐で生々しい悪夢を描き出す天才でした。……ところが、本人はいたって生真面目なモラリストでね……」
まぁ、作品のイメージと制作者の実態が乖離しているのは、珍しくもない話ですが。と、話を続ける。
「牢一の場合には、そこに確たる理念があった。———曰く、『人間は心の暗部。内に秘めた残虐性を正しく自覚することで、それを律する良識と理性・善意を培うことが出来る』、と。……彼はそのための啓発として、自らの創作活動を定義づけていた」
「……聞く限りでは、とんだ聖人君子ではないか」
泉宮寺はそう述べた。
「……しかし、PSYCHO-PASS判定の普及が、彼の自認する役目を終わらせた。……人は、自らを律するまでもなく、機械による心の計測で健康を保てるようになった。———牢一はね、このテクノロジーを歓迎したそうです。……方法はどうあれ、彼が理想とした『人の心の健やかなる形』は実現した。……その結果として自らの使命が完了し、その人生は無価値なものになったわけですが……」
灰色の長髪の彼は、そう語る。そんな牢一の人生に対して泉宮寺は感想を述べる。
「驚きだな。芸術家などというのは、総じて”俗物”だと思っていたが……」
「まぁ、心には葛藤もあったでしょうが、牢一はその解消に、早速先端技術である各種のストレスケアを活用した。その依存ぶりは耽溺と言っていいほどだったと、娘の璃華子は語ってます」
「その結果、ベッドから起き上がることもない、生きた死体に成り果てたと……」
「父を慕う娘からしてみれば、許し難い話でしょうね」
バチバチ、と火が焚く音が一室に響く。