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【PSYCHO-PASS】名前のない旋律

第6章 変わらぬ愛の花言葉





 森林に囲まれた西洋の屋敷のような建物に人影が二つ———。


「ユーストレス欠乏性脳梗塞」

 鹿のハンティング・トロフィーが壁に飾られ、そして何かが燃やされている音がする一室に、彼の声が響く。その声を確かに聞いたもう一人は猟銃を布で丁寧に拭いていた。彼は話を続ける。

「まぁ公認の病名ではありません。原因不明の心不全、という形で処理されている死因の大方は、実はこの症例に該当すると言われています」
 彼の言葉にもう一人の人物は反応する。
「聞いたことはある。過度のストレスケアによる弊害だそうだが……」
 その声からは老人、と見てとれる人物はそう喋る。
「かねてより適度のストレスは、免疫活動を活性化させるなど、好ましい効果もあるとされてきた。いわゆる人生の”張り合い”———“生き甲斐”と言い直してもいい。」
 彼は言葉を続ける。
「しかしこの時代、”生き甲斐”と呼びうるものは概ね枯れ果ててしまった。加えて、PSYCHO-PASS診断による精神健康管理が恒常化してしまった結果……ストレスの感覚が麻痺し過ぎて、刺激そのものを認識出来なくなる患者が出てきた。こうなると、生ける屍も同然です。やがては自律神経そのものが、自らの機能を見失い、生命活動を維持できなくなる」
「嘆かわしい限りだな。ヒトは自らを労わるあまり、生物としてはむしろ、退化してしまったわけか……」
 と、その老人は呆れたように言う。そんな老人、泉宮寺 豊久(せんぐうじ とよひさ)に対して彼は「実はね」と泉宮寺に話を続ける。
「これだけ医療体制が発達したのにもかかわらず、統計上の平均寿命は短くなる傾向にあるんですよ」
 「まぁ、決して公にはならないデータでしょうが」と言う彼に対し「当然だな」と同意する泉宮寺。
「命の在り方を、誰も真面目に語ろうとしなくなった……」
 泉宮寺は頰をついてそう喋る。
「件の王陵璃華子の父親もね、まさにその、ユーストレス欠乏症患者だったんです」
 炎の光がアンティークゴールドの瞳と交わる。
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