第6章 変わらぬ愛の花言葉
空に浮かぶ満月。その光が大きな窓から差し込む。真っ暗な部屋、明りはそれのみだ。絵画が沢山飾られた暗闇の寝室で、裸体の王陵璃華子はシーツを自分の体に被せた。
「……特別な夜だけ、寝室に父の絵を飾るの」
そう言って王陵は、実存主義創始者の言葉を呟く。
———人間は動物よりまさっているからこそ、いいかえれば人間は自己であり、精神であるからこそ、絶望することができるのである。
王陵は声をたてて笑う。
「絶望を知らなければ、希望もない」
シーツに包まれた”彼女”———正確には”彼女だった人間”に対し横向きで話しかけるように言う。
「父の絵の題材に、バラバラの人体が多いのは、自己に抱えた矛盾の象徴なのよ」
一呼吸置いてまた話し始める王陵。
「……私は父を尊敬していた。芸術家としての義務を自覚して、啓蒙としての創作姿勢にこだわり続けたあの人は、本当に素晴らしい絵描きだったと今でも思ってるわ」
「だからね」、と王陵がベッドから降りる。
「その務め途中で放棄してしまったことが殊更に許せないの」
苛立ちを含んだ声で言う王陵。
「……昨日ね、父が亡くなったの……」
そう、彼女の方に振り向いて言った。
「もうとっくに死んだも同然の人だったけど、とうとう心臓まで本当に止まっちゃった……」
「でも大丈夫、悲しくなんかないわ」と”素材”を包んでいるシーツに手をかけて言う。
「父の務めは、娘の私があなた達と一緒に果たしていくのよ。素敵だと思わない?」
「ドキドキするよね」とシーツをめくり、彼女の裸体が露わになる。目を細めて嬉しそうに王陵は彼女の名を呼んだ。
———葦歌さん、と。