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【PSYCHO-PASS】名前のない旋律

第1章 静寂な沈黙した世界で彼女は音を鳴らす


 “誰か”はこの時代には珍しく紙の本を手に持っていて(今の時代紙の本は高価で手に入れにくい)、細身だけど強そうな雰囲気をまとった男性だった。身体能力が高いのかもしれない。彼女と同じく髪は灰色で、男性には珍しく襟足から少し長めの髪を伸ばしていた。バルコニーにやってきた彼は彼女を数秒見つめ目を細めた。やがて彼は、端の方にあるロッキングチェアに座り、再び手にしていた本を読み始めたのであった。


 彼女が自由にヴァイオリンを弾き、彼が心地良さそうに本を読む。彼の重みで時々キシッとチェアから音が鳴る。まだ東の空が白んでいる時間帯だ。音はよく鳴るし、よく響く。その光景は数分、数十分だったかもしれない。シン、と空気が鳴る。———どうやら彼女の演奏が終わったみたいだ。


 散々に音をぶちまかした彼女の顔や首からは汗が流れており、だいぶ体力を消耗したことが分かる。十数分に渡り演奏し続けたのだから当然のことかもしれない。そんな彼女はヴァイオリン本体を左手に、弾いていた弓を右手に持ちながら愉楽に本を読んでいる彼のもとへとカツ、カツと移動する。そして、彼の座っているロッキングチェアの隣にあるラウンドテーブルへ方向を変える。それに続いてテーブルの上にある楽器ケースの中に入っているクリーニングクロスを右手にあった弓と交換し、楽器を丁寧に拭いていた。まるで子供を可愛がるかの様な表情で楽器を拭く彼女は本当にヴァイオリンが好きなのだろう。


 拭いている最中に今までずっと沈黙だった彼は本を読みながらつぶやく。
「———美しい音だ。今日も快適な一日を過ごせそうだよ」
 と、声帯から発せられたその声は、低音で芯があり色気のあるものだった。
 そんな彼の言葉に口角を上げ、彼女はふふっと言う。それから申し訳なさそうに「これから朝ご飯用意するわね」と言うのであった。どうやらこの二人はまだ何も食べ物を口にしていないようだ。
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