第1章 静寂な沈黙した世界で彼女は音を鳴らす
———西暦2112年、日本。
都市部より少し離れた、自然豊かな景色が見えるこの土地にひっそりと、ぽつんと一軒の家が建っていた。その家にある少し大きなバルコニーから一人の女性が見える。
その女性は小柄で細身なシルエットであった。しかしながら筋肉があるところにはしっかりとあるようだ。腰付近まで伸びたグレイ色の長髪を伸ばしていた。風が少し吹いているせいか、女性の髪はなびく。太陽光によってその髪はキラキラと光が反射していて宝石みたく綺麗なものだった。
現在、太陽は東の空から少しだけのぞいている。暑くもなく、寒くもない。快適な湿度と温度、———そんな中彼女は優雅に楽器を演奏していた。
彼女が演奏に使っている楽器は弦楽器の一種であるヴァイオリンだった。左肩に楽器を乗せ顎当てに顎を乗せ、ヴァイオリンを構えている。左手で弦を押さえ、右手で弓を弦に気持ちよく擦らせる彼女は楽しそうであった。右手のボウイング、弓の操作から見るにもう何年も何十年もこの楽器を弾いているように見えた。そんな彼女から鳴るヴァイオリンは、急に音程が上がったかと思えば下がったり、いきなりビブラートをかけたり、ピッツィカートをやり始めたり......とにかくそれは規則性のないものだった。
彼女は今、G durト長調のアドリブ、つまりは即興演奏をしていた。その様子から察するにそれは彼女にとっては"常時"のことだった。緑が生い茂る自然の中で彼女は自分の好き勝手な演奏を楽しんでいた。
しばらくはヴァイオリンの声高い艶やかな音が聞こえるだけだったが、少し時間が経つと木の床板を誰かが歩く音がコツ、コツ、と奥の方にある部屋から聞こえてきた。