第5章 狂王子の帰還
「でも……先週の定期検診でもPSYCHO-PASSの色相すごく曇ってて……このままじゃ私……っ」
彼女がさらに涙をこぼしながら喋っている最中、王陵は目をパチリとさせ彼女の全身を、衣服越しに体全体を品定めするかのように見つめるのであった。その目は上から下へと流れる。王陵は彼女のことを気に入ったのか、微笑んで「葦歌さん」と彼女の名を呼んだ。
「あなたは、あなたが望むとおりの人生を選べない………その辛さは解るわ」
王陵は、そんなことを言いながら彼女の頭に手を置き目尻に溜まった涙をふいて結んである髪に手を滑らせる。
「今の時代……誰もが、システムによって決められた適性に沿って、押し付けられた幸せだけで満足するしかない…………自分が本当に望んだ夢を叶えることも出来ずに……」
その台詞を言った後、彼女の束ねてある髪を指で優しく包む王陵。押さえてある親指を離すと髪の毛は重力に従ってするりと落ちていく。彼女は大変その言葉に同意したのか、頭を激しく上下に揺らす。
「本当に望む姿……本当の自分の価値……それを確かめてみたいとは思わない?」
唐突な言葉に「………え?」と驚く彼女。
「私なら教えてあげられる。葦歌さんの中に隠れている本当の美しさを……」
そんな王陵の台詞に思わず嬉しくなる。
———あなたがどれほど素晴らしい”素材”かをちゃんと見抜いてあげられる。
王陵は二歩、三歩前に歩いて彼女を抱きしめた。
突然の行動に驚きを隠せない彼女は数秒何も言えず口を開けたまま思考停止の状態だったが王陵によって安心感が湧いたのか、口角を上げてその行為を受け止めた。
「……シェイクスピアの話、続きをしましょうか………」
その言葉に彼女は「はい……」と嬉しそうに返事をする。王陵は抱きしめたまま先日、彼女とダイレクトメッセージで交わした内容を話し始める。
「『タイタス・アンドロニカス』。私が好きなのはタイタスの娘ラヴィニア。……父のせいでトラブルに巻き込まれて彼女は敵に性的暴行を受け、舌を切り取られて両腕も切断される……」
王陵の説明を聞いている彼女はもう既に、蕩けていた。
———これはおれのいのちより大事なかわいい子鹿だった。……可哀相にラヴィニアは、自分の父に殺されるの……。