第5章 狂王子の帰還
縢との件から数日。常守は唐之杜が普段居る分析官室に来ていた。
——まぁ六合塚もそこに(しかもタイミング悪く昼食のカップ麺を食べる前だった)居ることは想定外だったが……。常守は縢から聞いた名前を唐之杜に告げる。
「佐々山執行官? ……あぁそりゃ忘れられるわけないわ〜”標本事件”は」
唐之杜は爪にネイルを塗りながらそう思い出す。「標本事件?」と常守は聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「私らや現場じゃそう呼んでたんだけどね。朱ちゃん、プラスティネーションって分かる?」
「生体標本の作製方法、でしたよね」
常守が答える。
「そっ。死体に樹脂を浸透させて保存可能な標本にする技術。アレを活用した猟奇殺人だったのよ」
唐之杜はキーボードを操作し、事件のファイルを開いた。”変わり果てた”彼の姿を見た常守は、そのあまりにも悲惨な光景に嘔吐を催したのか両手で口を塞いだ。
「バラバラに切り開いた遺体をプラスティネーションで標本にして、そいつを街のど真ん中に飾り付けてくれた訳よ。盛り場を飾るホログラム・イルミネーションの裏側にね」
彼女の説明に「酷い」と両手を下ろして呟く常守。
「何千人という通行人が環境ホロを眺めているつもりで、実はその下に隠れているバラバラ死体とご対面してたっていう……」
———唐之杜が喋っている最中にカップ麺の蓋をペラッと開けて食べ始めようとする六合塚。彼女はモニターに映し出されている無残な光景に微動だにしない。気にしていない様子なのだろうか。
「バレた時のエリアストレスは4レベルも跳ね上がってねぇ……報道管制まで敷かれた程よ」
そんな六合塚に常守は息を漏らし「あの……食事中にすみません……」と麺を食べ始めた彼女に謝る。
「ん? 何が?」
と麺を啜りながら言う六合塚。その言葉に「弥生はこの程度じゃ燃えないわ」と、唐之杜。それから色気のある声で「もっと激しくて情熱的なのがお好みよ」と指を口元に当てて言う彼女に「えぇと……?」と声をもらす常守は二人の関係性がよく分からないな、と思うのであった。その様子を気にせず六合塚は、事件の話の続きを唐之杜に促した。