第5章 狂王子の帰還
雲の多い昼下がり。テラス席で常守朱は、友人である船原(ふなはら) ゆきと水無瀬 佳織(みなせ かおり)の3人で昼食をとっていた。長髪で眼鏡をかけた水無瀬は常守の顔の疲れ具合から「相変わらず苦労してるみたいね」と声をかけた。
「うぅ〜……分かるぅ……?」
常守が声を苦しげにして言う。「そんな陰気な顔してれば一目瞭然だっての」と髪をお団子にして一つにまとめている船原は言う。以前も彼女たちは仕事の悩みでこうして集まっていた。
「出世街道も大変よね……守秘義務が多くて」
水無瀬は同情する。
「まさにその通りで……ツライよぅ……」
常守はシステムエンジニアで忙しい日々を送っている水無瀬に「ごめんね」と伝え自分が注文した料理の麺をすする。
「相変わらず例の危なっかしい同僚の件?」
船原は聞く。常守は「もうずーっと振り回されっぱなしなんだけど……」と言い、先月の”アバター乗っ取り事件”、ヴァーチャルスポーツ運営会社社員の御堂 将剛(みどう まさたけ)がソーシャル・ネットワーク上の人気アイドルアバターのメランコリアを乗っ取り、大手コミュニティー・フィールドを主宰する人気アバターのタリスマンとスプーキーブーギーの保有者を殺害し(なんとスプーキーブーギー保有者は常守の同級生、菅原 昭子(すがわら しょうこ)であった)、3体に成りすましていたという事件を思い出す。
———狡噛が犯人を突き止め、宜野座たちによって執行され、事件は解決された。しかし、そのあとに「過ちを犯した相棒を失った。君に同じ轍を踏んで欲しくない」と言う宜野座から送られてきた人事課のファイル、それには狡噛は元・監視官であること、そして”公安局広域重要指定事件102”という未解決事件の捜査中に急激に犯罪係数が上昇しセラピーによる治療よりも捜査の遂行を優先したため犯罪係数が規定値を逸脱し執行官に降格した……という経緯が分かったのだ。