第4章 はじまりは唐突で不確実に幕が上がる
「さては嬢ちゃん、"亜希嬢"のことが気になるのかい?」
征陸が口角を上げてそう言う。常守は「あ、その……あの」と戸惑うが縢の笑い声にかき消される。それに続いて「あははっ、朱ちゃんっ」と常守の名を言ったあとにこう答えた。
「あれね〜、あの後コウちゃんがケースにしまって持ち帰っちゃったんだ〜」
「朱ちゃんあん時居なかったもんね〜」と縢は半笑いでゲームを続ける。征陸も常守の言葉に答えてから執務を続けるのであった。
——常守の心の中にはまだ、蟠りがあった。
少しだけでも良いから、知りたい。——そんな思いがあったのだろうか、彼女自身にはよく分からなかったがこう口に出す。
「真壁亜希さん……彼女の持ち物なんですよね………?」
そう二人に聞こえるように尋ねた常守。それに征陸は常守の方を向き、手招きをする。「......はい?」と不思議そうに立ち上がった常守は征陸の方へ歩み寄る。すると、征陸の手がデスクの奥の方に伸びてそこからあるものを取り出す。——征陸が手に持ったのはある、一枚の紙の写真だった。「ほれ」とそれを常守に渡す。彼女はそれを受け取る。
「亜希、なかなかの美人なお嬢さんだろ?」
常守が受け取った写真には、昔の狡噛の姿と一人の女性がヴァイオリンを持って写っていた。二人は立っていて彼女の方が狡噛の腕の中にすっぽりと収まってしまうくらいには小柄のように見えた。けれども楽器を持って一緒に写っている腕や体型が目に入るとなんだか強いそうだな、と常守は思った。そんな彼女は"艶のある黒髪"を右側に寄せて編み込んでいた。彼女は微笑むような笑顔で正面をチラリとみていて、隣にいる狡噛の体は彼女の方に向いていたが顔だけこちらを向いていたから誰かに言われて撮られたのだろうと察する。服装を見れば仕事の休憩時間かなにかの間に取られたものであると予測はついた。