第11章 間章 -Interlude-
「君のヴァイオリンが聴きたいな」
亜希の表情が止まった。
ほんの一瞬。
けれど槙島は、それを見逃さなかった。
「……今は弾いてないって、知ってるでしょう?」
「ああ」
「だったら、なんで」
「欲しいものを聞いたのは君だよ」
「そうだけど……」
亜希は困ったように視線を落とす。
部屋の隅には、長い間開かれていないケースが置かれていた。
以前は毎日のように触れていた。
けれど、今は弾いていない。
弾けなくなったわけではない。
ただ、少し疲れてしまった。
幼い頃から続けてきたものだからこそ、誰かに評価され、比べられ、将来まで決められていくことに。
「意地悪ね」
「そうかな」
「弾いてない人間に弾けって言うんだから」
「無理にとは言っていないよ」
槙島は穏やかに言った。
「君が嫌なら、別のものを考える」
「…………」
亜希は部屋の隅のケースを見つめた。
「……どうして聴きたいの?」
「好きだからだよ」
「ヴァイオリンが?」
「亜希の音が」
あまりにも何気なく言うものだから、亜希はすぐには返事ができなかった。
「……そういう言い方、ずるい」
「何がだい?」
「なんでもない」
ぷい、と顔を逸らす。
耳が熱くなった気がした。
槙島はそれ以上追及しなかった。
再び本へ視線を戻し、何事もなかったようにページをめくる。
亜希はしばらくケースを見ていた。
「……明日」
小さく言う。
「うん?」
「明日なら、少しだけ弾いてあげてもいいわ」
槙島が顔を上げる。
「本当かい?」
「誕生日なんでしょう?」
「ああ」
「でも期待しないで。しばらく弾いてないんだから」
「楽しみにしておくよ」
「だから期待しないでって言ってるでしょう」
そう言いながらも、亜希の口元には小さな笑みが浮かんでいた。