第10章 聖者の晩餐
「止めたければ、そんな役に立たない鉄屑ではなく、今あげた銃を使うといい。引き金を引けば、弾は出る」
「で……出来るわけない……だってあなたは……」
「『善良な市民』だから……かね? シビュラがそう判定したから?」
と、言いながらポケットから西洋剃刀を出した槙島は、剃刀に手を添え、躊躇なく船原の背中に刃を切りつけた。
刃を入れられた船原は喉から叫び声をあげる。
「っ!」
『犯罪係数32 執行対象ではありません』
『トリガーをロックします』
槙島の犯罪係数は下がる一方だ。
「ど……どうして?」
心臓の鼓動が高くなってくる。
常守は、規定値に満たないその数値に問いかける。
「……何故かは僕にも解らない。子供の頃から不思議だったよ。僕のPSYCHO-PASSはいつだって真っ白だった。ただの一度も曇ったことがない」
西洋剃刀を遠ざけて見つめていた槙島は、船原の伸びたオレンジブラウンの髪を束ねて手を添えた。
船原は泣き続けている。
「この身体のありとあらゆる生体反応が、僕という人間を肯定しているんだろうね。……これは、健やかにして善なる人の行いだ……と」
束ねた髪を流れるようにして剃刀で剃っていく。
「うぅ……やめて……っ!」
船原は必死に抵抗する。
「助けて……! 朱っ!!」
親友は、必死に叫ぶ。
「……ゆき……!!」
「……君たちでは、僕の罪を計れない。僕を裁ける者がいるとしたらそれは———」
槙島は、船原の髪を剃るのをやめて、右手の西洋剃刀を見せびらかして、言い放った。
「自らの意志で、人殺しになれる者だけさ」
そう言う彼は、ニコニコと笑顔を貼りつけた。
「……ッ!」
常守は、足元に落ちていた猟銃を右手に持った。
ドミネーターを左手に構え、不恰好な二丁拳銃の銃口を槙島に向けた。
「いっ……今すぐゆきを解放しなさい! さもないと……っ」
「さもなければ、僕は殺される。君の殺意によってね」
再び船原の髪を剃っていた槙島は喋る。
「それはそれで、尊い結末だ。……ほら、人差し指に、命の重みを感じるだろう?」
刀身が、光の反射を受ける。
「シビュラの傀儡でいる限りは、決して味わえない……それが決断と意思の重さだよ」
女神の神託に忠実な彼女は、猟銃を手にしながらも、再びドミネーターを彼に向けた。