第2章 常守朱は認識する
「それ、コウちゃんの“コレ”の忘れ形見らしーよー?」
——これ、と縢は言うと左手の小指を立てながらそう言った。
その途端バシッッ、と先ほど聞いたばかりの音が鳴った。どうやら六合塚が(本日2回目の)雑誌を縢の頭にお見舞いしたらしい(雑誌大丈夫かな、なんて常守は少し思う)。そのあとに、いって……、という声が聞こえた。
はぁ、と常守はため息混じりの声を吐き出す。コウちゃん……? あぁ、狡噛さんのことかな………つまり、どう言うこと?
訳の分からない、特に意味もない嘘(?)を言われ混乱していると六合塚が口を開く。
「以前、ここの“監視官”だった真壁(まかべ) 亜希っていう人が勝手に置いてったものよ」
「そのまま置いていったの」、そう常守の方を向いて言い放った六合塚はなんら変わりのない顔であった。それに付け加えて「あなたが来る前までそこの席に置いていたの」と言う。常守が来るにあたって今、自分が執務しているデスクから移動したみたいだ。
——真壁 亜希さん。
常守は心の中で先ほど六合塚が教えてくれたその名前を復唱した。そして、その名を言いながら再度ヴァイオリンが置いてある方を見る。——先ほどは楽器本体だけに気を取られていたせいか、常守は再びそちらをみてまた新たなことに気づく。キャビネットの上には手書きで書かれた形跡がある五線譜の楽譜が積み重なっていた。——その楽譜は何年も前からあったのか、劣化していて少々黄ばんでいた。
また、机の端に彼女(常守は名前から察するに女性だと思った)の嗜好品であろうか、紅茶瓶がいくつも並んであった。———珍しい、こんな時代に自ら楽器を演奏したりこんなもの(紅茶)を好んで飲む人なんて……。そう、常守は思った。