第9章 狩りに最適な日
狡噛と船原が先ほどまで身を潜めていた場所で泉宮寺は呟いた。
「……まさか“カフカ”がやられるとは……」
とんでもないヤツだ、と話す。
カフカ、とは泉宮寺が連れていた赤い猟犬型のドローンのことだろうか。
『狐といえど、イヌ科の獣です。或は狼の眷属かもしれない』
と、耳にしていた無線の通信機越しから槙島の声が聞こえる。
「あの男……さっき何か回収していた様に見えたが———」
『槙島くん。今回のゲームについて、さては何か私の知らない趣向まで組み込んでいるのかね?』
「……人は、恐怖と対面した時、自らの魂を試される。何を求め、何を成すべくして生まれてきたか、その本性が明らかになる」
薄暗い観客席で槙島は双眼鏡を覗きながら話す。その彼の後ろには彼女、亜希も壁に寄りかかり腕を組みながら立っていた。
『私をからかっているつもりかね?』
「……あの狡噛という男だけではない。あなたにも興味があるんですよ泉宮寺さん。———不測の事態・予期せぬ展開を前にして、あなたもまた、本当の自分と直面することになるでしょう」
『そんなスリルと興奮を、あなたは求めていたはずだ』
槙島の言葉に肯定の態度を示した泉宮寺は「君のそういう人を食ったところは私も嫌いではないよ」と、もう一匹の猟犬を連れて再び歩き出した。
泉宮寺との会話を終えた槙島は、双眼鏡を下ろして目を閉じた。
「………さて、狡噛慎也。君はこの問いの意味を理解してくれるかな?」
そう呟いた彼に強い視線を向けた亜希は喋る。
「しょーちゃん、あなた………ちょっと趣味が悪いわよ」
「……勿論亜希、君にも興味があることを忘れないでほしい」
「血縁者のあなたにそんなこと言われても困るわ」
亜希は、足音を立てて隅に置いてあった楽器ケースを手に取った。
「あの男の活躍を、最後まで見届けなくていいのかい?」
「………どうせ慎也は、生きて帰ってくるわ」
そう言って亜希は観客席から去っていった。