第28章 それは私の選択肢
リン、と小さく澄んだ音がした。
「アーヤ、こっちへおいで」
ゾクリと艶めいて体に響いたのは、ずっと求めてやまなかった声。
クン、と誰もいないのに体が引っ張られ、宙を滑る。いつの間にか開いていたドアの外へ出る。そして先で待つものに抱きとめられた。
「つかまえた」
両腕が体にまわされ、ぎゅうと抱きしめられる。
久しぶりの彼の香りに涙が出そうになった。
「ジャミ……」
「こっちでガラスが割れたような音がしたぞ!何があったんだ!?」
「……チッ。こっちだ。走れるか?」
ジャミルが拘束を魔法で外し、立ち上がって走り出した。
「ハァッ……ハァッ……それでっ、なん、で屋上?」
「追手が下からだったからな」
あの倉庫は、実は高層ビルの中階にあったらしい。階段を上り続け、一番上のドアを開いて屋上へ出た。
風が強い。空は家を出たときと同じ、青。
そこは高層ビルがいくつも立ち並んでいた。国立魔法契約研究所のある町のビジネス街だ。
「追手は下から上ってきてる。だから今、ここから飛び降りるぞ」
「え゛」
「もちろんパラシュートも魔法の絨毯もない。風も強いし、隣のビルや地面に叩きつけられたら終わりだ。だが……」
ジャミルが、こちらへ手を伸ばす。
「俺ならできる」
「……っ」
彼のもとへ走る。
「信じるわ!」
手をとって飛び降りる。
「ヒィッ」
恐怖で目をつぶりそうになるのをなんとかこらえて、下を見る。
地面が間近に迫ったそのとき、ジャミルがマジカルペンを振るのが見えた。
ふわり
風の魔法で落下が緩やかになり、そして地面へ着地する。
「……こ、怖かったぁっ」
「止まっている暇はないぞ。こっちだ」
繋いだ手はそのまま、再び走り出す。
その力強く握ってくる手も、揺れる長い髪も、どれも私を安心させてくれる。余計な力が抜けていくのがわかった。
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