第23章 春を待つ
壁際まで追い込んだジャミルは、それはもう楽しそうにクツクツと笑っている。
「(いじわるが過ぎませんか?)」
「(優しいだろ?この角度なら、あっちからは俺の背しか見えない)」
それでも、この部屋には獣人がいる。小声で話してはいるし、かなり離れているので大丈夫だと思いたいが、正直彼らの耳がどの程度まで聞き取れるのかわからない。
レオナはまだしも、ラギーの印象には残りたくないのだ。彼はクラスメイトだ。ただし、ほとんど関わりのないそれだった。
自分の役割のため、というか平穏な学園生活のためにも、これ以上注目されるのは御免なのだ。
「アーヤー!そんな端にいないで、もっとこっちで見ていけよ」
戻ってきたカリムがジャミルを後ろへ引っ張った。盛大に舌打ちするジャミル。……それでいいのか同僚よ。まあ、カリムは気にしていないし、ジャミルが自分を出せているのは嬉しいのだが。
「ほら、どうだ?この衣装で2人で踊るんだ。レオナのフォローはバッチリだぜ!」
「勝手なことを言うんじゃねえ。お前らこそ、俺の足を引っ張るなよ?」
レオナもこちらに歩いてきていた。
「レオナ先輩。みんな、とても素敵な衣装です!」
よくこの服を着こなしているものだと素直に感心する。さすがは大富豪の息子に第2王子。それに、カリムに付いて高貴な場にも慣れているジャミルだ。
「それにしても……」
レオナがジャミルに目を向ける。
「なんですか?」
ジャミルも目を合わせる。
「なるほどなァ」
何がなるほどなのか。
「アーヤ、お前覚悟しておいた方がいいぞ」
「何をですか?」
「お前の目指す目立たない平穏な生活とやらだが、もうどうでもいいみたいだぜ?」
そう言ってあからさまにジャミルの方を見るレオナ。
「『どうでもいい』とまでは思ってませんよ」
「どうだかなァ」
「なあアーヤー!聞いてくれよ、ここが……」
ラギーは監督生と話ながら入り口の方を覗き見た。
(なんであの人と仲良く話してるっスかねぇ。スカラビアの2人はまだしもレオナさんまで。俺、クラスメイトだけど会話したことねぇや)
結局、ラギーに色々バレてしまうのは、しばらく後の事。それはまた別の話である。
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