第16章 紫色のヒヤシンス
「?」
「ジャミルがオーバーブロットしたときのことだ。アーヤも、家に黙っていてくれただろう?お陰でジャミルと一緒にいられる」
カリムはぶれない。それまでのジャミルも、今のジャミルも受け入れる器がある。強いな、と思う。
「いえ、それは……」
だけど、あの時の私は、私が一緒に居たかったから、という理由が大きかった。もちろん主人のためもあるが、そう真正面から礼を言われると少し気まずい。
「なかなか二人きりになることがなくて、言いそびれてた」
再び笑ったカリムは「よろしくな」と言って部屋を出ていった。
乗り気でない自分を叱咤するように、ふうっと大きく息を吐く。軽く身支度を整えてジャミルの部屋へ向かった。
「ごめん。ノックしても返事無いから入るわよ?」
全く反応が無いので、そっとドアを開けて部屋に入ると、部屋の真ん中に立ってぼーっとしているジャミルがいた。
本当だ。こんなジャミル見たことない。
カリム君が言っていた通りで唖然とする。
「……ジャミル?」
そこでビクリと体を跳ねさせたジャミルが、今気付いたように目を見開いてこちらを見た。
「なぜここにいる?来ないと言ってただろう」
「あの、カリム君から何か変だって聞いて……それで話をしようかと」
「話!?今日話すことはない。出ていってくれ!」
「え?」
突然、怒鳴られた。
「何も聞きたくない」
少しばかり焦っている、というか、怯えてるように見えるのは気のせいだろうか。
「どうしたの?何かあったの?」
「何かあっただと?アーヤがそれを言うのか」
それって、いったい……
「来るな!何も言うな!」
「でも……!」
彼を見たら背筋に悪寒が走った。
相手を見ているようで見ていない無表情の暗い目。そこに魔力が込められていく。
わかるわ。だって、私もそうやって魔力を目に込めるのだから。
「瞳に映るはお前の主。尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ」
ねえ、それを私にかけるのは、初めてだね。
眉根をぎゅっと寄せて、怒りと悲しみが混ざった顔で吐き捨てるように詠唱するのを、私は見ることしかできない。
「蛇のいざない(スネーク・ウィスパー)」
ああ、思考がぼやける。
「出ていけ。戻ってくるな」
そんな辛そうな顔をさせたのは、私なのね。