第16章 紫色のヒヤシンス
キスされた。と気付いたのはしばらくしてからだった。
え、なんで?
疑問も疑問も疑問だった。だって、知らない男だったから。人気の無い廊下で、告白されて、キスされた。
え、私は男の振りをしてるのよ?
「もちろん男の君が好きなんだ!」
男子校って、そういうこともあるって聞いたことはあるけど。
そんな。そんな。
こんなギャグみたいな展開はやめて!
完全に頭も体も機能停止してしまっていたらしい。気付いたときには私はその男に抱きしめられていたのだった。
災難だった。あのあと、「ごめんなさい!付き合えません」と一礼してお断りし、そのまま起き上がる力を使って一撃で気絶してもらった(物理)。
そして、人がいないのを確認しながら、男子生徒を抱えて学園長室へたどり着いた。
「困るんですよねえ。こういうのは」
大変煩わしそうな態度を隠しもしない学園長である。
「あなた、愛の告白をされたんでしょう?受けるなり断るなり、自分で完結させればいいでしょう」
「学園長、この人、初対面でいきなり大胆過ぎる行動に出たんです。怖いので助けてください」
「怖いって……。あなた、その後一発殴ってるじゃないですか。しかも抱えて運ぶとか……。あなたが怖いですよ。本当に魔法士ですか?本当に女性ですか?」
「そうなんです。魔法士として未熟な女性なんです。また狙われたらたまりません。学園長ならなんとかできますよね?なんとかお願いします」
結局、女だとバレたときの諸々を全部学園のせいにする等と脅し押しきって、今回だけはフォローしてくれることになった。
「私、優しいので」とは彼の言葉だが、優しいなら、女性と知っている生徒を基本的に何もせず放っておくのはどうかと思う。
これからは、こういうことにも気を付けなくては。
そう強く考えていられたのはここまでだった。自室に戻り冷静になった途端、体が震えだす。さっきの出来事を思い出して気持ち悪い。いきなりキスされて抱きしめられた。好きでもない男に。ゾッとする。怖い。振り払うように口をごしごしと腕で拭った。
「……っふ、うぅっ」
流れた涙が止まらなかった。
→