第15章 とある紫
実のところ私、恋愛はとんでもなく初心者だった。だって、小さなころからジャミル一筋だったから。一緒にいると楽しくて嬉しくて、それでいて綺麗で優しくて格好良い人。仕事とはいえずっと同じ時間を過ごしていて、どうして惚れずにいられるのか。幼いころ、まだ恋ではなかっただろうが、ジャミル会いたさにアジーム家に就職してしまったのは私だ。大好きにきまっている。なのに、その恋を積極的に育てようとしない臆病者だったのだ。
だから、この臆病な私は、大事なことを自分で失敗して気付くしかなかったんだと思う。
毎日、とはいかないまでも、夜の時間を一緒に過ごすことが増えた。
ジャミルに頭を撫でられいたら、もっと近くにいたくなって手を握る。ジャミルがハッとこちらを見て目が合った。するりと指を撫で絡めとられる。反対の手は頬に添えられ唇が重なった。
「…あっ……んんっ。……ふぅん」
始め触れるだけのものが、口を開けられ、舌が絡みあって深いものに変わる。
「ふぁ……ん……」
「……は……っ」
口内をなぞり、舌を吸われて翻弄されて、酸欠でクラクラしてきたころ、ようやく唇が離れた。透明な糸が2人を繋ぐ。
「アーヤ」
ベッドに押し倒されて、シーツからフワリとジャミルの香りがして、幸福感で満ちた。と同時に、蝋燭の火が灯ったように小さく、でも確実に熱く、確かに存在を主張し始めた、欲。
「アーヤ」
甘くて熱の籠った声に体が震えた。鼓動が高鳴って下腹部がきゅうと締まる。さらりと落ちる綺麗な黒髪。切れ長の目に整った顔。格好良くて、大好きな人。彼の指が私の体の輪郭をなぞる。ゾクリと泡立つ感覚に、それだけで高い声が出そうになった。首、そして鎖骨へとキスが降りていき、手は私の太ももからゆっくりと上っていく。気持ち良くて、熱に浮かされたように頭がぼうっとしてくる。でも気持ちはもっと、もっとと、高ぶっていく。
「アーヤが欲しい……いいか?」
「うん……」
私もジャミルが欲しいの。好き。愛してるの。
そう口に出したいのに、出せなかったのは羞恥のせいか。それとも余計なことを言って、相手の反応が芳しくなかったらと怯えるいつもの癖か。
お願いだから、伝わってほしいとジャミルを見たら、再びキスが降ってきた。
目は閉じてしまっていた。