第10章 まるで山道
「私、やっぱりジャミルと付き合ってていいのかな」
「は?」
眉がこれでもかと歪んだ。
「どういうことだ?ちゃんと話してくれ」
「……うん。ほら、私はアジーム家に仕えているじゃない。年も若い従者だし、その、いつかはハニートラップとか」
「はあ!?」
口が縦に大きく開いた。酷い顔をしている自覚はある。
「そういうことを、命じられることもあるんじゃないかって……そんな女、嫌でしょう?」
考えもしなかった発言に、頭の回転が数秒遅れた。アーヤの様子を見るに、どうやら大真面目な話らしい。ハニートラップ……ハニ……ートラップ……。
可能性は低いと思いつつも、無い、とは言いきれなかった。カリムがさせることはまず無いし、現当主もそういうことをするようには見えない。だがしかし、アジーム家は大きな商家だ。当主がトップとはいえ、その下で多くの実力者がそれぞれの思惑で動いている。
今はカリム付きの従者だが、何かを切っ掛けに変わる可能性が無いとは言いきれない。
バイパー家のような、家の後ろ楯もない。
「そんな話、誰から聞いた?」
「昔、メイド時代の先輩から。従者になるって伝えたときに言われた。そういうこともあるんじゃないか心配だって」
やっかみか?いや、女性が跡取りの息子付き従者になるのは異例だったし、本当に心配だったのかもしれない。ずいぶん可愛がられていたようだし。
だが、それを言うなら
「俺は違う心配をしていた」
「え?」
「むしろ、アーヤはカリム付きの年頃の女性従者だぞ?カリムの何番目かの妻に迎えられてもおかしくない。大出世だ」
「ええええっ!?か……考えたこともない」
カリムは俺たちが付き合っているのを知っているから、今はその心配はないが、少し前までは大真面目にその可能性を考えては荒んだ気持ちになったものだ。
ともあれ、現在のアーヤの立場は色々と曖昧で、この先、様々な可能性があるのだ。
潰そう。その可能性を。
俺は決意した。今はダメだが、もう少し自分が周りからの信頼を取り戻したら、カリムを通じてアーヤとの関係を公にする。根回しなんていくらでもしてやる。
だから今は、俺が彼女から離れる気なんて微塵も無いことを、どうにかしてわかってもらわなくては。言葉でも行為でも、全力で尽くしてやる。