第94章 抗うもの
「……ここに来たとき、おれたちの他に誰かいたっけ」
妙な質問だと自覚している。
だけど問わずにはいられなかった。
「何言ってんだ?」
エースの馬鹿馬鹿しい問いにルフィは素っ頓狂な声を上げる。
「おれたち二人で来たんだろ」
何言ってんだよ、と笑うルフィにそうだよな、とエースも返す。
分かり切っていた答えだ。サボがいない今、縁日に繰り出すような相手はもうお互いしかいない。
だが何故か、エースはルフィが否定してくれたらいいのにと思っていた。
「__エース、泣いてんのか?」
「は?」
心配そうに覗き込んでくるルフィの言葉にエースは瞬きする。
その時ポロリと頬を何かが零れていくのを感じた。
思いがけないそれにエースはぎょっとし手で拭う。
「っなんだよ、これ」
「どうしたんだ、どっか痛てェのか?」
「ちげェよ!これは、その、風が__」
弟の前で涙を見せてしまった気恥ずかしさに咄嗟に言い訳を口にしかけ、エースは口を閉じる。
涙を隠さなくてもいいと言うかのように、風がエースの前髪を優しく揺らしていった。
「__風が、」
何かが欠けてしまった気がする。
けれどその何かが、どうしてもエースには思い出せなかった。
「あ!!」
突然のルフィの声にエースの意識は引っ張られる。
先程までエースを心配していた弟は、少し先にある肉屋の屋台を見つけきらきらと目を輝かせていた。
「エース!あれ食おう!」
「お前なァ……」
射的はいいのかよ、と小さく零すエースにいいから!とルフィはその手を引き走り出す。
「よく分かんねェけど、うまいもん食ったら元気出るぞきっと!」
な!と眩しい笑顔を見せるルフィにエースは一瞬呆れるも、自分のことを考えてくれている健気な弟にむず痒さを覚えた。
「……別に元気ねェ訳じゃねェけど、うまそうだし食いにいくか!」
「おう!」
気を取り直しエースはルフィと共に端町の通りを駆けていく。
違和感はまだ僅かにエースの心を引っ掻くものの、次第に消えていった。
今日もコルボ山では二人の少年の駆け回る声が響く。
そうして日常は、続いていく。