第81章 薄紅に見る夢
見なければ、そんな思いはしなくて済むと知っていても。
それでもどうしても足を向けてしまうのだと水琴は少し切なそうに語った。
「だから、エースと今日このサクラを見れてよかった」
そう零す水琴の声音は、何故だか泣いているようにも聞こえて。
最近のもやもやも手伝って、思わずエースは口を開いた。
「__じゃあ、言えよ」
「え?」
「寂しかったんだろ。じゃあそう言えばいいだろ。これくらい、いくらだって付き合ってやるから」
だから、隠すなとぶっきらぼうに告げれば、水琴はきょとんと目を丸くする。
「別に、隠してるつもりはなかったんだけど」
「おれに言う事なんて何もないって言った」
「言うほどの事じゃないと思ってただけだよ。__でも、そうだね」
これからはちゃんと言うよ、と答える水琴に今回は大目に見てやることにする。
だけど。ふとエースは残る疑問を思い出す。
「__それじゃあ、あの男は何だったんだ…?」
「あの男って?」
「え、あ……」
つい零れてしまった言葉にしまったと思うがもう遅い。
渋々エースはこの前端町で見かけた時のことを話した。
__あくまで偶然、である。
「あぁ、リックさんだね」
「リック?」
「うん。とうとう子どもが生まれたんだって」
仕事で忙しいリックに代わり、つわりで苦しむ奥さんの様子を小まめに見てやっていたらしい。
あれは無事に生まれた報告と、そのお礼だったという訳だ。
ふたを開ければなんてことない内容になんだ、とエースは脱力する。
誰だ。こいつに恋人ができたとか言ったやつは。
「綺麗だねぇ」
この一連の騒動にまるで気付いていなかった水琴は呑気にサクラを見上げそう声を漏らす。
視線の先で、五枚の花弁ははらはらと舞い散っていた。