第73章 時の混じる場所
「……向こう」
す、と川下を指差す。
「ずっとずっと遠く。
__私は、遠い海から来たんだ」
「……海?」
「うん。私は、海賊だから」
「……!!」
海賊と聞き、彼の目つきは一層鋭くなった。
「ねぇ君。名前は…」
「海賊と話すことなんてねェよ!!」
水琴の問いを遮るように叫ぶと、踵を返し一目散に駆け去っていく。
「え、ちょ……!」
まさか逃げられるとは思っていなかった水琴は、手を伸ばした状態でぽかんと固まった。
「__え。なんで……?」
元々警戒していたようだったが、話を聞く姿勢はあった。
それが急に変ったのは水琴が海賊だと話してからだ。
海賊が嫌いな様子のエース(仮)に驚きを隠せない。
水琴が知っているエースの子どもの頃のエピソードでは、海賊になっていつかこの国を飛び出すんだと熱く語っていた。
海賊が嫌いだったなんて話聞いたこともない。
いったいどういうことなんだ、と混乱する水琴の耳にがさりと草むらをかき分ける音が届いた。
反射的に肩を竦めそちらを見れば、野ウサギが不思議そうにこちらを見返してくる。
「……と、とりあえず移動しないと」
ここは水辺。もっと大きな獣がやってこないとも限らない。
わけが分からないが、とりあえずはまず安全を確保したい。
「__サバイバル、苦手なんだけどな」
木々の間に遠く見える空を見上げ溜息をついた。