第69章 ハリネズミのジレンマ
「水琴、いるかよい」
ノックと共に聞こえたマルコの声に水琴は内鍵を外す。
「どうしたの?」
「悪いな。ちょっと隊長らに伝達し忘れてたことがあってよい。俺はこれから親父のとこに行かなきゃならねェから、水琴代わりに伝えといてくれるか?」
隊長ら、という言葉に思わずエースのことを考えてしまい気まずさが増すが、仕事、それも直属の上司からの依頼とあれば水琴が断れるはずもない。
そもそも頼りにされることは純粋に嬉しい。二つ返事で了承し、水琴は配布する資料を受け取った。
「急ぎって訳じゃねェから、いなかったら後回しにしていい。ただ一応全隊長回ってくれ」
そこまで言われ、違和感から水琴はマルコを見上げる。
目が合えばマルコは訳知り顔で肩を叩いてきた。
「いいな。”全隊長”だからな」
「………」
事情を把握されてることを察し顔が一気に赤くなる。
隠すように、資料に顔を埋めた。
「その……大変ご迷惑を……」
「あーいい。お前の気持ちも、まァ分からんことはねェよい。ただ、アイツの気持ちも汲んでやれよい」
じゃあな、と去っていくマルコの言葉を今一度振り返る。
「エースの気持ち……」
確かに、水琴はモビーに帰ってきてから自分の気持ちだけで精一杯で、エースがどんな気持ちかなんて考えもしなかった。
特に身に覚えもないのに、恋人から全力で避けられたら、それは。
「……嫌だよなぁ」
謝ろう、と水琴は心に決める。