第68章 降り積もる” ”
「__水琴!」
響く声にびくりと水琴は身体を縮こませる。
振り向けば、今は会いたくない存在が肩で息をして立っていた。
「エース……」
『あたしはここまでだ。……帰ってくるのを、待ってるよ』
通話が切れる。目を閉じてしまった電伝虫を縋るよう見下ろすが、閉じた目はもう開かなかった。
「部屋にいないから、どこに行ったかと思えば……」
「あ……」
焦って探してくれたのだろう。息を整えるよう大きく息を吐くと、一歩エースがこちらに踏み出す。
「待って!!」
予想以上に響いた声に、エースが立ち止まった。
今は、まだダメだ。
こんな混乱した気持ちで、エースに向き合うことは出来ない。
考える時間が欲しいと、水琴は取り繕うように笑う。
「勝手に宿を出てってごめんね。少し、歩きたくて……それでエース。アリシアとは、まだ積もる話もあるんでしょう?私は、平気だから。先に宿に戻ってて」
震えそうになる声をなんとか整え、エースに帰るよう言う。
水琴の言葉にエースは軽く目を見開いた。
「あ、ほら。新世界に戻ったら、アリシアともなかなか会えないでしょう?もうあと少しなんだし、よければ明日、時間まで少し二人でぶらついてきたって……」
「水琴」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた水琴の言葉をエースが遮る。
「今からそっちに行く。
__だから、動くな」
ゆっくりと一歩、エースが近付く。
縮まる距離に、水琴は動けない。
逃げるのは簡単だ。
風になれば、いくらエースだって追ってはこられない。
風である水琴を捕らえられる者は、そういない。
いないのに。
エースの真っ直ぐな言葉と、水琴を射抜く強い視線が水琴をその場に縫い止める。