第67章 向き合う心
「キャプテン、よかったんすか?」
森に消えていく小さな背中を甲板から見送って、シャチは傍らの船長へと振り返る。
「せっかくのチャンスを。あのまま連れてっちまえばよかったのに」
そうすれば異世界の民の血を独占できる。
潜水艦であるポーラータング号なら火拳の持つ船では追ってこられない。
白ひげに喧嘩を売ることにはなるだろうが、それを差し引いてでも悪魔の実の能力を引き上げる血の効果は魅力的だろうに。
「風の能力者を留めておくのは骨が折れる。__それに、十分報酬はもらった」
船内へと戻るローの後をついて行ったシャチが見たのは、大量の血液パック。
その量にうへぇとシャチは呻いた。
「あんた、どんだけ血ィ抜いたんすか」
「致死量には至らない程度だ。正当な報酬だろう。ここ数日俺がどれだけ睡眠時間を削ったと思ってる」
「いやでもこれ光景がえぐい。吸血鬼にでも転身するんで?」
「このまま使うか馬鹿が。しばらくはまた研究尽くしだな」
果たして悪魔の実の能力を向上する秘密がどこに隠されているのか。
「楽しみだ」
めちゃくちゃ悪い顔で笑う船長に、さすが俺らのキャプテン、とシャチは拍手を送った。
***
エースと合流した水琴は夜中のうちに”とある仕込み”を終わらせ早朝島を出航した。
「うまくいってるかな」
「さァな。あとは島の連中次第だろ」
夜中のうちにこっそり町へ忍び込んだ水琴は親が寝込む子どもがいる家をわざと狙い、薬を配り歩いた。
実際に目の前で親が回復するのを見た子どもは朝他の大人へと伝える。
何件もそんな家があれば大人たちも訝しむだろう。
そしてその手にある薬は何かと調べるに違いない。
「きちんと飲んでくれればいいけど」
その日、町は大騒ぎだった。
昨日まで寝込んでいた者が何事もなく起き出してくる。
一体昨日何があったんだとこぞって尋ねるも、寝込んでいた親は何も知らず、自然疑問の矛先は子どもへと向かう。
そうすると、どの子どもも決まってこう言うのだった。
__昨夜、翼のない天使様が来てくださったのだと。