第40章 風の呼ぶ声
__形質の変化は重要だよ。
__あの子にとって、風は自身の目であり、耳であり、導《しるべ》だったんだ。
ヒントはそこかしこにあった。
見聞色は生命の心の声を聴く。
風は生命ではない。
だが、生命の宿る風は確かに存在する。
そう、ここに。
そっと己の存在を風に溶け込ませる。
風と、世界と、他の生命と一体となる感覚。
自身の肉体はそのままに。精神のみがあらゆる制約から逃れ大空を舞う。
鳥になる夢を見る。
水琴は島を離れ、白い鯨を追い越し、大海原を駆け巡る。
翼を大きく羽ばたかせ、水琴は一段高い空へと駆け上っていった。
***
「その様子だと掴んだようだね」
小屋の前。ノックをする前に内側から開かれたドアにベイは笑みを浮かべる。
「おかげさまで」
「半月はかかると思ってたけど、なかなかやるもんだ」
「ベイが色々ヒントをくれたからだよ」
「必要な情報をすくい取り、ものにしたのは水琴の力さ」
直接教えてやれなくて悪かったね、とベイは謝罪する。
「だけど人がいくら言葉で言ったところでこればかりは自分自身の感覚で掴まなきゃ分からないもんだからさ」
「うん。よく分かるよ」
もし最初から説明されたとしても、絶対に理解など出来なかっただろう。
自転車の扱いに近い。一度乗れるようになれば簡単だが、その最初を掴むために必要なのは言葉ではなく反復練習。
いくらバランスの取り方を理論建てて説明されたところで、コツを掴まなければ意味が無い。
久しぶりに地面を踏む。サクサクと音を立てる霜柱に妙に嬉しくなった。
木々を抜ければ眼前には海が広がる。
強い潮の香りが鼻をついた。
「おぉーい!」
「あ、水琴だ!」
「お疲れさん!」
水琴の姿を見つけたクルーがわいわいと騒ぎ立てる。たちまち溢れかえる音に目の奥がじんと痺れた。