第2章 始まり
「む、無理です無理です!船長さん一人だってこんなに緊張してたのに、そんな大勢の方前に私が挨拶できるわけないじゃないですか!」
「何言ってんだよ、すげェ堂々と挨拶してたじゃねェか。大丈夫だって」
「エースさん私のことちゃんと見てました?!足なんてがくがく震えてましたよ!」
「いけるいける。大丈夫だって」
「その自信はどこから?!」
なんとかして宴をやめさせようと前を歩くエースの背中を追っていた私だったが、突然立ち止ったエースに対処できず激突してしまった。
…鼻が痛い。
「何やってんだよ」
「急にエースさんが立ち止るから…って、なんですか?」
「ここ、お前の部屋な」
エースの背中から顔を出し見れば一つの扉。
開ければこじんまりとしてはいるが、清潔な部屋が水琴を出迎えた。
ベッドや机、タンスなど一通りの物は揃っている。
木の素材でできたそれらは丁寧に磨かれ新たな住人に使用されるのを待っていた。
「こんな素敵な部屋…いいんですか?」
「ナースの部屋は仕事があるし、大部屋に寝泊まりさせるわけにもいかねェしよ。ここならおれの部屋も近いし」
「え、どこですか?」
「あっち」
指さされた方を見るも同じような扉が並んでいてよく分からない。
あとで確認することにしよう、避難経路の確認は大事。うん。
「ひとまずここで寛いでろよ。また時間になったら呼ぶから」
「え、あ、待って…!」
制止する暇もなくエースは廊下へ消えていった。
追い掛けようにも、まだ作りが分からない水琴が飛び出していっても迷子になるだけなのでこらえる。
「……どうしよう」
なんとか船へ置いてもらえることになり安堵する水琴だったが、1600人相手に挨拶という人生の中で経験したことのないことに不安を覚えるしかなかった。
ぽすんとベッドに横になる。
意外にも柔らかいマットレスが、水琴の思考をゆるゆると溶かしていく。
…宴のことは心配だけど。
ちょっとくらい、いいよね。
目を閉じた瞬間、水琴の思考は沈んでいった。