第19章 鋼と牙を持つ者
「…改めて名乗ります、俺の今の名は豊臣炭明。俺は豊臣家の養子です。…ですが、俺は嘗ての家族の名字を名乗っています。秀吉様に…養父に大変失礼な事をしていると思います。…でも、俺はあの時の全てを無かったことにはしたくなかった。秀吉様もこの事には承諾してもらっているんです。…本当に、俺には勿体ない方ですよ。」
炭明君は嬉しそうに、そして慈しむように話した。
「…そうですか、変な事を聞いてしまってすみません。…でも、本当に秀吉さんの事が好きなんですね。」
「…はい、俺の第二の父親ですから。」
彼は満面の笑みでこちらを見た。とても、秀吉さんの事を大事に思っている事が分かる。
「…なるほど、今後も仲良くしてください。…それでは、その養父さんとその主様の下に戻りましょう。」
「…はい!」
私達は水汲みを終えて、待ってる人達の下に戻った。
「おっ…やっと戻ってきたか!」
秀吉さんが私達の下に近づいて声を掛けてきた。
「ふふっ…秀吉さんってもう父親だったんですね。通りで、皆の事を気に掛けてくれる訳です。」
私が笑いながら話すと、秀吉さんは少しだけ驚いた様な顔をしたあと、微笑んだ。
「…なるほど、炭明。お前の仕業だな?」
秀吉さんはニヤリと笑ったあと、炭明君の頭を撫でた。
「…ひ、秀吉様!…っふふ…。」
炭明君が恥ずかしそうな顔をしながら微笑んだ。彼らの姿はまるで親子のそれだ。
「…しのぶ、炭明から聞いたのか。」
「…ええ、ずっと気になっていたので。」
信長様と視線を交わせる。
「…あやつは、炭明は何でも一人で抱えてしまう奴だった。元気の良さが何処か危うい奴だった。…そんなあやつを見て、引き取るのを名乗り出たのは秀吉だった。面倒を見たいと言ってきたのだ。本当に世話好きのあやつらしいわ。」
「…そうですね、いい、親子です。」
私と信長様は二人を見てとても微笑ましく感じていた。
「…さて、そろそろ先を急がねばならん。しのぶ、乗れ。…秀吉、炭明、行くぞ。」
そう言って、信長様は馬に跨ると、私に手を伸ばしてくる。私はその手を取って馬に乗った。
「はっ!」
「はい!」
「…また、お尻が痛くなりそうですね。」
「クックックっ…もう少しだ、耐えろ。」
信長様は私を上から覗き見て、笑った。
そうして私達は、また馬を進めて目的地へ向かった。