第13章 ある忍の独白
俺は驚いて後ろを振り向いた。そこには一人の美しい女性が立っていた。長い黒髪に、以前見たことのある、緑色の羽の蝶の髪飾りを二つ付け、学ランの様な服を来て、蝶の羽のような羽織をはおった女性だった。ただ、女性が人間でないことは分かった。何故なら彼女の体は透けていたからだ。そして、女性はニコリと笑うと、奥にいるあの不思議な女性を見ていた。
「…あの人、君の血縁者?」
そう聞くと、彼女は驚いた顔をしたあとに嬉しそうに頷いた。
『……(ニコっ)。』
「そっか…。もしかして、四年前に俺をここに連れてきたのも君?」
『……(コクっ)。』
「…そうなんだ。ありがとう、あの時は助かったよ。」
彼女は首を振り、いいえそれ程でもと言っているようだった。
「…いいや、それじゃあ俺の気が済まないから、何か君に礼をする事が出来ないかな?…まあ、君は恐らく幽霊だろうし、必要ないと思うけれど…。」
彼女は少し考える素振りをしたあと、奥にいる女性と俺を見比べてニッコリと笑った。
『……どうか、お願い。あの子を…守ってあげてほしい。あの子が窮地に立たされた時に……手を差し伸べてあげて。』
「…………分かった、約束するよ。それが、俺の恩人の願いなら。」
そう答えると彼女は満足そうに笑って、チラッと奥にいる女性を見つめた。
『…あの子の名は、胡蝶しのぶ。私の…実の妹よ。どうか、あの子のことをお願いね、忍さん。』
そう言うと、段々と薄くなっていく女性。
「っ…待って!君の名前は!?」
そう言うと、彼女は困ったように笑った。
『…ごめんなさい、それは掟で言えないの。私、無理言って此処に来ちゃったから。…あとは、よろしくね。』
そう言って、彼女は完全に消えてしまった。
…夢物語だと言う人もいるけれど、俺は蝶の彼女の事がどうしても、夢に思えなくて、つい、安土に幸村と足を運んでしまった。幸村には今、めちゃくちゃ怒られてるけど…。
「おい、聞いてんのか佐助?!だいたいお前はなぁ…いっつも、いっつも…」
「どうどう、幸村落ち着いて。」
「あ…?…ふざけてんじゃねぇーぞ!いま大事な話を…」
話が長くなりそうな事に、溜息を付いていると、何やら人が集まっているのが見えた。幸村と目を合わせ、そこに向かった。
「……この注射器で毒を抜きます。」
……っ?!注射器?!俺は久しぶりに聞いた懐かしい用語に驚いて騒ぎの中心を見た。