第11章 蝶姫またの名を薬姫
そう言って家康さんは私の方から目を離し、月を見上げた。……今宵は満月ですか、美しいですね。ただ、ぼぅっと月を見上げていると、下から声がした。
「……何時まで立ってるの、此処に座ったら?」
そう言って、彼は自身の座っている隣を指差した。
「…あらぁ、私の事は信用ならないのではなかったのですか?」
少しからかい混じりに聞いてみると、彼は剥れた顔になった。
「…ただ、そこに立ってられると気が散るだけ。………悪い?」
「………ふふっ、いいえ、悪くないですよ。」
少しだけ、ふて腐れた顔をした彼と並んで座りながら月を見る。私はこのとき、この世界に二人だけしかいないような気がした。そうして、時が止まったかのような、世界で隣から声がした。
「………あんた、今日の軍議でなんか言ってたでしょ。」
突然、話を振られて思考が少し止まった。いきなりですねぇ…。
「…何かとは?」
「…………鬼を殺せる毒を作ったから、それを扱える柱として認められたって言ったあと。」
「……聞こえてたんですね。皆さんには聞こえないように呟いたのですが。(ニコっ)」
私は姉のことを思い出しそうになりながらも、仮面を貼り付けた。すると、家康さんは苦味を潰したような表情になった。
「…その気持ち悪い、笑い方止めて。気分悪くなる。」
「……はい?」
「聞こえなかった?…その笑い方止めろって言ってんの。」
……突然何なんですか、籔から棒ですね。
「…わたしの笑顔そんなに駄目でしたか?」
少し困った様に彼に笑い掛けた。すると彼は呆れたような顔をして此方を向いて言った。
「…何で、辛そうな顔して笑ってんの。……意味わからない。」
「………っ。」
核心をつかれて、息が止まりそうになった。…一瞬、姉の姿が脳裏に映った。
「……そんなの、あなたには関係ないじゃないですか。」
私は、彼にずっと見られていることがいたたまれなくなり、下を向いた。
「…ああ、関係ないよ。正直言って面倒くさい。……でも、あんたはもう安土の姫なんだから、少しは周りを頼りなよ。………それと、明日の夜から宜しく。」
そう言ったかと思うと、彼は立ち上がって歩きはじめ、私から離れていった。……何なんですか、一体。
頼れですって?会ったばかりの人たちを?そんなこと……私にできるわけないじゃないですか。
「…………姉さん。」
呟いた声は闇に消えていった。