第10章 安土の蝶姫
…じっと、静かに鏡を見つめていると。襖の外から声が聞こえた。
「お着替えは済みましたでしょうか、しのぶ様?……城主、織田信長様がお呼びです。」
「…はい。今、参ります。」
そう言って、少し歩きにくい着物を着て、歩き始める。こんなに重い着物は流石に初めて着ましたよ…。
少し、ぎこち無いまま、襖を開けると女中さんたちの、歓声が響いた。
「まぁ…!なんて、美しいのかしら!まるで、夜に舞う、蝶のようです。しのぶ様!」
また、称賛を受けてありがとうございますと照れながらも笑顔で返す。すると、私の方に一人の女中の方が来られて、私に聞こえるくらいの声で告げた。
「しのぶ様…御髪はそのままでよろしかったのでしょうか?すみません、着物選びに夢中になってしまい…。」
そう、結局あの後、着物選びだけで時間が過ぎてしまい、髪の方まで手が行き届かなかったのだ。
「ふふっ…大丈夫ですよ。それに髪をどうこうしようと言ったって、私の髪は長くありませんので、結局無理ですよ。」
少し笑顔を見せながら、女中さんに向かって話す。
「…そうですか。申し訳ありません、出過ぎた真似を致しました。」
「いいえ、そのお心遣いだけで十分ですよ。」
そう言うと、女中さんは少し安堵したような表情を見せる。変に気を遣わせてしまったみたいですね、申し訳ないです。…さて、気を取り直して、行きますか。
信長様のいる所へ。
「では、道順はわたくしが先導させて頂きます。名は【陽】と書いて【よう】と読みます。陽とお呼びください、しのぶ様。」
目の前に私よりも一回り年上の方が来られました。…周りの反応を見た限り、この方が女中の中で一番偉い人みたいですね。
「はい、陽さん。よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願い致します。…では、参りましょう。」
私はゆっくりと、彼女の案内に合わせて歩き始めた。
「……、なるほど。では三成、そのように手配せよ。家康、それで良いな?」
「………信長様がそう仰るなら、承知しました。」
「…信長様、しのぶ様がいらっしゃいました。」
見張りの武士の声が、襖の奥から聞こえた。
「ほぉ…ようやく来たか、待ちわびたぞ。………通すが良い。」
「…っは!」
そして、…襖が開かれた。そこに立っていたのは、蝶のような美しさと儚さを持った女性だった。
「お待たせしました、信長様。」