第2章 歌声と噂
が目覚めたのは、太陽が登りきった頃だった。
先程の目眩や耳鳴りはすっかり落ち着いている。
(もうお昼かな? なんか静か…。)
ゆっくりと起き上がり、天守の板張りへ向かう。
欄干に手をかけ外の景色を見た。
(… …あれ?)
風で木が揺れ、ざわざわと葉の擦れる音がする。
馬屋で馬が出され毛並みを整えている。
気持ち良さそうに馬が鳴く。
戦仕度の為に沢山の荷が倉から出され城働きの者達が声を掛け合っている。
…はずだ。
けれど、の周りは、怖いほど静かで。
自分の回りに防音の幕があるように、何も聞こえない。
(え? …え?)
は自分の両手を耳の側に当て手を叩いた。
鈍いような、何重にも幕がかかったような籠った音しか聞こえない。
同じように反対の耳も確かめるが、あまり変わらなかった。
(耳が、聞こえない…。)
はその場に崩れ落ちた。
(なんで? 病気なのかな?
どうしよう。どうしたら…?)
は天守の板張りに座り込むと欄干に体を預けながら空を仰いだ。
吸い込まれそうなほどの蒼い空と澄んだ空気が、の体に溶け込むようで、頭が空っぽになっていく。
耳が聞こえない、簡単に解決できそうにない問題を考える事を辞め、全てを空に投げ出すように体の力を抜いた。
(こんなに、リラックスするの…久しぶり。)
自分の周りには常に誰かが共として付いていて、自由なようで自由に出来ないもどかしさ。
【世継ぎを産む】という責務。
夜を共にしても、いっこうに授からない不安。
迫る、戦。
信長と、安土と共に生きると誓いながらも、懸命に駆け抜けてきた日々を思い出し、の瞳から涙が流れた。
そして、もう滅多に口ずさむことのなかった500年後の時代に好きだった歌を歌い始めた。
英語の混じる恋の歌。
少し切ないJ-POP。
気持ちを前向きにするような、アイドルが歌っていた歌。
(ふふっ、久しぶり。)
冷や汗や目眩もなくなり、落ち着いてきたからなのか昼げの準備をする香りを感じる。
(もうお昼か。)
ゆっくりと立ち上がろうと欄干に手をかける。
板張りの一部がきしむような『ギィ』でと音がした。