第2章 歌声と噂
「赤ちゃんを授かるって素晴らしいはずなんだけど、あまりの期待が重くて。
信長様の隣で頑張るって決めたのになぁ。
情けないね。」
そう言うと、は自室の襖から夕陽に染まり始めた空を見上げた。
『…確かに、御世継ぎがお産まれになる事は大変喜ばしいことです。』
咲は寂しげに空を見詰めるに向かって話始めた。
『ですが、身籠り産むまでかなりの体の負担や予期せぬ変化が起こります。
ただの期待だけでは、お辛いでしょう。
何事も、巡り合わせがございます。
焦らずとも、必ずや様にも巡り合わせが起こるはずです。
さぁ、何時ものように笑ってくださいませ。』
「お咲…。ありがと。」
つーっとの頬に涙が一滴流れた。
『湯浴でもなさいませ。』
「うん。」
ふぅ、とは一息つくと、燃えるような夕陽けを眺めた。
※
翌日、が目覚めるとすでに信長は政務の為に褥を出ていた。
ほんのりと信長の残り香を辿りながらも褥を出て身支度をする。
戦が始まれば離ればなれになる。
その寂しさに耐えながら、は今日も一日を過ごすのだ。
天守の階段を下ると、聞きなれない声が聞こえた。
(重臣の方かな? 戦が近いから軍議に呼ばれたのかな? ご挨拶しなきゃ。)
ゆっくりと降りると、声のする方に向かって歩き出した。
しかし、すぐには立ち止まってしまう。
またも聞きたくないあの言葉が、会話の中で聞こえたからだ。
『なぜ、御世継ぎが産まれない? なにかあるのではないか?』
『此度の戦が落ち着けば、側室の話も上がるやもしれん。』
『奥方には申し訳ないが、血は残さねばならん。』
の足は縫い付けられたように、そこから動けなくなっていた。
急に冷や汗が流れ、動悸がする。
(落ち着いて、だめ。また過呼吸になる…!)
キーーーン!!
突然、身体中に駆け巡るような金属音が聞こえた。
同時に激しい目眩が起こり、は座り込む。
(な、にこれ? 耳鳴り? 気持ち悪い。)
そこは、天守に向かう人気の少ない廊下。
は無理矢理に体を動かしながら、耳鳴りと目眩に耐え、天守に戻ると褥へ倒れ込んだ。