第13章 暁のおむかえ
…っち。
… …ち。
「誰?」
小さな子供のような声が聞こえる。
ザブッ。
「ひゃっ。」
水が腰まで浸かっていた。
増えてきた。…よね。
増えてる。
私、このままじゃこの水にのまれるの?
やだ、やだよ。
まだ、やりたいことがたくさんあるの。
行きたい場所も
見たい風景も
あの丘で
…あの丘で?
あの丘って。
誰かと行った場所。
誰かと
誰?
紅い瞳の
「の、ぶ…、なが、様?」
バシャーン
背中側で、水が溢れるような良くない音がした。
腰まで浸かる水は勢いを増してくる。
『 …っち!…って!』
「え? 誰?」
『こ…っち! 走っ…て!』
「どっち?」
『こっち。走って!』
「走れないよ。どこにいるの?」
水は勢いを増し、腰骨を越えた。
「こわいよ、助けて。」
『意識を、この声に集中して。』
『目を瞑って』
『そう、ゆっくり呼吸して』
何回呼吸しただろう。
腰まであった水かさが減ったような感覚になる。
『目を開けて』
促されるようにゆっくりと、目を開けた。
『見える?』
「君は… だれ?」
焦げ茶の髪がさらさらと揺れる。
私を見つめる深紅の瞳から目が離せない。
『漸く声が届いた。さぁ、ついてきて。』
目の前は、昼と夕の狭間。
横を向けば、徐々に広がる夕闇。
もしかして、後ろは夜?
そう思って振り返ろうとする。
『ダメ!振り返るな!』
「えっ?」
『振り返ったら、もう戻れない。』
「…。」
『大丈夫。ついてきて。』
ゆっくりと目の前の深紅の瞳の少年は歩き出す。
「ちょっと待ってよ、歩けな…、」
歩ける。
さっきまでが嘘のよう。
時々振り返る小さな彼の背中を見つめて、私は歩き出した。
君は誰?
どこから来たの?
どうして、あの人のような瞳なの?
聞きたいのに、聞いてはいけない気がした。
段々と水かさは減り、まとわりつくような違和感もなくなっていく。
「ねぇ、どこに向かっているの?」
足元から視線を上げる。
「えっ。」
そこには、先程までの少年ではなく、焦げ茶の髪と深紅の瞳を持った青年が立っていた。
「あなたは、だれ?」