第13章 暁のおむかえ
『ふっ、内緒。』
「どこに行くの?」
『どこに行きたい?』
「え?」
『どこに、誰の元に行きたい?』
「どこって… えっと。えっと…」
『思い出して。』
そう
深紅の瞳の
【貴様の全ては俺のものだ。】
「…のぶながさま。」
『そう。忘れちゃダメだ。忘れたら、戻れなくなる。』
「戻れなくなるって?」
『…、教えない。まだ行くよ。ついてきて。』
「あ、うん。わぁ!」
は、足首ほどの水に滑り倒れかけた。
すると、強い力で左腕を引かれた。
『…ほんとに、どんくさいんだね。』
「ごめん。」
『ほら。』
青年は、恥ずかしそうに手を繋ぎ始め、ゆっくりと歩き出した。
どのくらい歩いただろう。
彼が急に話しかけた。
『名前、覚えてる?』
「誰の?」
『自分の。』
「…。」
『うん。じゃあ、帰る先にいる人の名は?』
「…のぶながさま。」
『のぶながさま、は、どんな人?』
「え?」
『教えて。』
「そうだね。
氷のようで炎のような、優しくて暖かい人。
誰よりも痛みや苦しみを知り、それを優しさに変える人。」
『そう。…貴方はその人が大事?』
「うん。大事。だから… 庇ったの。」
そう、あの丘で。
『思い出したね。…他の人たちは、大切?』
「うん、大切。
秀吉さん、光秀さん、三成くん、政宗、家康、佐助くん、謙信様、信玄様、幸。
みんながいるから、私がいるの。」
『そう。もう、迷わないね。…ほら。』
青年が指差す方向に目を向ける。
霧がゆっくり晴れていく。
そこに見えたのは…
「安土城!」
『さぁ、行って。振り返らずに。みんなが待ってる。』
「でも君は?」
『僕は、まだ行けない。』
「なんで、?」
『決まりだから。ほら、行って。今なら大丈夫。』
「また、…会える?」
『たぶんね。』
「ありがとう。」
私はぎゅっと彼を抱きしめた。
彼は、驚いたようだった。
「行くね。」
『何があっても、振り返らないで。約束。』
「わかった、約束。」
彼が優しく微笑んだのを見て、城に向かって歩き出す。
振り返らずに
何があっても。
『…また、会いましょう。今度は現実で。
母上。』
その小さな声は、風にかき消された。