第1章 ふたりのかたち
女中の咲はの足元に使い慣れた裁縫道具箱と反物を置いた。
「わぁ、よくわかったね!」
『しっかりした側女中だな。』
『恐れ入ります。』
『秀吉、休憩は終いだ。始めるぞ。』
『はっ。』
秀吉は、文机に書簡や紙を広げる。
信長も新しい書簡を手に取った。
は、信長が書いた家紋を見ながら丁寧に刺繍を始めた。
夏の心地よい風が襖から吹き込む。
ふわりと信長との揃いの沈香が香る。
同じ広間で背中合わせに仕事をする安土城城主の夫婦。
肩を並べ同じ景色を見る。互いの想いを伝え合う。
妻は一歩後ろで、という戦乱の夫婦の考え方を覆すあり方も、今は見慣れた風景になったか。
次第にが先の世の歌を口ずさむ。
それを、心地よく聞きながら政務を進めていくのが日常になりつつあった。
こんな毎日が続けばいいのにな。
信長様とが笑い合い
血など流れずに世を治めていく。
その手助けを
生涯、お側で。
歌を口ずさむを、優しく見詰める主君の眼差しを、秀吉は眺め、ふっと口元を緩めた。
※
こつん。
信長の背中にがもたれ掛かった。
『寝たのか?』
「はぁ。暖かな日差しに眠気が来たのでしょう。、おい。起きろ…」
『よい、秀吉。咲、裁縫道具を片付けよ。』
信長は、背中に持たれて眠るをゆっくりと動かし、自身の膝の上に寝かせた。ふわっと、羽織をにかけると何事もなかったように政務を続けた。
『仲睦まじいご様子、安心致しました。』
襖から、銀髪と白い羽織が見えた。
『光秀!
また黙って出ていったと思ったら、お前は何処に行ってたんだ?』
『我が主君は貴様じゃないのでな。言う必要はない。
三成から此方にいらっしゃると聞きましてな。
…ご報告を。』
『それで、案内した三成は?』
『俺の馬を馬屋に返しに行った。時期に戻るだろう。』
『おい、三成を使うな。』
『私が、申し出たのですよ、秀吉様。早くご報告が出来ればと。』
にこやかに笑う三成が広間の中に入った。
『揃ったな。が目覚める前に話せ。』
『我が姫君が嫌いな戦話にて… 早々に。』
光秀は、ちらりとの寝顔を見ると厳しい表情で話始めた。