第5章 ちゃんとした姫
『私も、そのような姫様のお側で、ましてや信長様の御正室になられた姫様の女中頭を勤めさせて頂き、いつこの身が果てても悔いがないほど幸せでございます。』
「大袈裟だよ。私、ちゃんとした姫じゃないし。」
『…、ちゃんとした姫、でございます!』
「咲?」
『もっと…、もっと自信を持ちなされ!』
私は、こんなに咲が感情を出して話している姿を始めて見た。息が止まりそうだった。
『何故、信長様や皆様がここまで様のために動いているのか、おわかりですか?
家康様や政宗様の登城が早かった訳…
弥七や吉之助が、様がふせっている事を知り毎朝、社に祈りにいっていた訳がわかりますか?
重臣様達への噂納めは確かに秀吉様達です。
ですが、他、多くの城勤めの家臣達の噂納めは…
針子の皆が、動いてくれたのですよ。
何故其処までされるのか、おわかりですか?』
瞬きをしたら涙が溢れてしまった。
『安土に来られて一年の宴も、祝言も。
あのような贅を尽くしただけでなく、家族のように暖かい、温もりのある宴など、見たことがありませぬ!
作法も、この世の理も、余りわかってらっしゃらなくて、少しお転婆で、予想の付かないことをなさる貴方様ですが…
傲慢ではなく、信長様の権力を使うわけでもなく、野花も椿も同じように愛でるお心をお持ちの貴方様が…
私達の誇りなのですよ!!』
咲が私の側に来て、手を握った。
先の世に置いてきた母の顔が、頭のなかでふわりと浮かんだ。
『様が、安土の全てを繋ぐ糸なのです。駿府も奥州も…、春日山も。全てを繋ぐ糸なのです。
誰もが戦場から貴方の側に戻ろうとする。
信長様も、武将様達も、…下級の兵まで。
貴方様の優しさが皆を生かすのです。
貴方様は、安土に無くてはならない、ちゃんとした姫様です。
もっと、自信をお持ちください。』
「咲…。」
『…失礼な事を申しました。 お茶を用意してきます。』
咲は、さっと立ち上がり襖に手をかけた。
「ありがと。」
私が、そう言うと小さく頷いて部屋を出ていった。
離れていく足音を聞きながら、私は安土の母は、秀吉さんじゃなく咲じゃないかと、そう思った。