第5章 ちゃんとした姫
佐助くんと家康の見立ての【ストレス性突発性難聴】で倒れてから、三日目の朝が来た。
最初の頃は、時折襲う目眩と耳鳴り、生理の不調が重なって起き上がれなかった。
信長様に天守に運んでもらって、ずっと褥で寝ていた。
家康の薬湯の苦味を、政宗の優しいお粥で癒しながら政務をする信長様の背中を見て過ごした。
信長様は、西への戦にむけての政務や視察の準備と打ち合わせに忙しそうだったけれど、その全てを天守で過ごしてくれて、必ず側にいてくれた。
生理の不調が落ち着いてきたからなのか、
それとも天守で過ごしてストレスが減ったからなのか。
体調も次第に落ち着いてきて、天守から広間に出ることを家康が許してくれたのが、今日だった。
『あんた、…ほんとに、大丈夫?』
「大丈夫。一人で歩けるし。走れないけどね。」
『走らなくていいから。今日は、信長様と俺達揃っての軍議が長引きそうだから部屋にいて。
咲、何かあればすぐに知らせて。』
『承知しました。』
「休憩の頃にお茶…」
『…病人なんだからさ。やらなくていいでしょ。
休憩の頃、呼びに来るから。秀吉さんが準備するお茶と政宗さんの茶菓子、一緒に食べよう。』
「うん。ありがとう。待ってる。」
ふふっと笑うと、天の邪鬼な家康の口許がゆるんだ。
トン、と襖が閉まると静かな時間が訪れた。
城勤めの家臣達の声も女中の声も、不思議なくらい聞こえない。
「静か過ぎるね、咲。」
『秀吉様が、様の刺激や負担にならないようにと、今朝話しておりましたから。』
「そっか。だからか…。赤ちゃんの事だって、もう誰もなにも言わないし。きっと、みんなが納めてくれたんでしょう?」
『ええ。そのようです。』
「気を使わせちゃって、みんなに悪いことしちゃったな…。」
『…様。』
「なに?」
ふ、と視線を咲に向けると、咲は改まったように座り直して話始めた。見たこともないような、ちょっと怖いくらいの真剣な目で。
『もっと、御自身のために生きてくださいませ。』
「え?」
『身分の隔たりなく、誰とでもお付き合いされるお姿はとても素晴らしいことです。そのような姫は、日ノ本中探しても様だけです。』