第3章 繁栄と幸せの狭間
は、わざと近くにあったきらびやかな打ち掛けを手に取り、自室の襖を開けた。
今にも咲を打とうとする重臣の片腕と、怒りに満ちた顔が見えた。
「咲が、何か?」
『あ、うっ。…これは、これは奥方様。失礼を…』
重臣はサッと踵を返すと廊下を逃げるように去ろうとしている。
「お待ちください。」
は、震える手をぎゅっと握り咲の前に立つと、ゆっくり話始めた。
「話は聞いていました。織田家の繁栄を、とするお気持ちは理解できます。ただ、私は信長様のご判断に委ねます。私ではなく、信長様にお話しください。」
『は、はっ。奥方様は、やはりお心が広い!
これは、とんだ失礼を…』
重臣は、そそくさと廊下を去っていった。
『…様。』
「お咲、ごめんね。私のせいで嫌な目に遭ったね。」
『滅相もない!』
は、意識的にゆっくりと呼吸をしながら、咲の方を振り返りぎこちなく微笑んだ。
こめかみからは汗が流れ、少しだけ焦点も合わなくなってきていた。
「部屋に戻ろう。」
『様、顔色が優れません。家康様を…』
「まだ軍議してるし、大丈夫。少し休めば…」
その時。
キーーーーン!
「うっ。」
『様!』
は、いつかと同じ激しい耳なりと目眩に襲われうずくまった。
『様!…誰か!信長様と家康様を!』
の周りを幕を張るように音が鈍く聞こえだす。目眩がひどく吐き気がした。
「ううっ、咲。吐きそう…」
『様!この手拭いを当ててくださいませ!
今、人を…』
人を呼びたい、信長と家康を呼びたい。だが、このような状態のを一人にはできない。
咲は、城内ではあるが大声を張り上げようとした。
『さんは、俺が見てるから呼んできて。』
天井裏から緑の装束の忍が音もなく降り立った。
『くっ、曲者!?』
『大丈夫。さんの後ろ楯。越後、上杉謙信様の忍です。さんとは友人なんだ。心配しないで、早く!』
朧気にが、忍を確認し「佐助くん…」と声をかけたのを確認した咲は、頭を下げると広間へ向かった。