第1章 Another Story
紅い目。
牙。
長い髪で顔を隠すように俯く彼女の瞳は、確かに紅く光っていて。
口元にさっき一瞬見えたのは。
間違いなく鋭いもの。
『………こっち』
なんとなく隠さなきゃ、と思って使われていない薄暗い教室へと彼女を引っ張った。
不思議と恐怖、とかそんなものはなくて。
初めて聞いた声に興奮さえ覚えていたんだ。
『大丈夫?』
『………こわく、ないの?』
『なんで?』
『………』
なんでかな。
怖い、よりも。
チャンスだと、思った。
『辛い?』
やっぱり彼女は、苦しそうに肩で呼吸したままで。
覗き込もうと肩へと両手を置いた。
『血の、匂い……』
『ぇ』
『それ……』
そー言えば。
さっきガラスで右手切ったかな。
視線を右手へと向けると、そこからは真っ赤な血液が肘まで伝って流れている。
けっこう、切ったかな。
現実を知ると人間、痛みが出るもので。
今更ながらズキズキと傷が痛み出す。
だけど。
それよりも。
痛みよりも今は、視線の方が、気になった。
痛みに一瞬顔を歪めるけど。
彼女の視線が右手に釘付けになってることに、気付いたから。
そー言えば、さっきも。
『血、欲しいの?』
『ぇ』
なぜそんなことを思えたのか不思議なんだけど。
だけど不思議とそんな言葉が出てきていた。
『………』
驚いたように顔を上げた彼女と一瞬絡んだ視線。
その表情があまりにキレイで。
すぐに気まずそうに外された視線が惜しくて。
『あげるよ?』
目の前に。
右手を差し出していた。
だけど彼女は瞳をぎゅっと閉じて視線を反らした、ままで。
さっきの揺れる紅い目が、見たくて。
潤んだ瞳と、紅潮した頬。
少しだけ開いた口から除く、牙。
それらがもう一度、見たくて。
すでに凝固が始まっていた傷口を水道で洗い流す。
ついでに流れ落ちた汚い血液まで洗い流せば。
凝固し始めた血液が再度流れ出す。
新鮮な血液が。
また、腕を汚していく。
『………これなら、いい?』