第5章
所変わって鹿威しのカタンとなる音を響かせる草摩の家。
急用がと満を撒いて紫呉が来たのははとりの仕事部屋。
「燈路はまだ、それを慊人に言ったらどうなるか、なんて考えもつかなかっただろうし。敢えて口にしないと怖かったのかもしれない」
机を挟んで紫呉の前に座るはとりが思い出すのは慊人本人から聞いた話。
───俺は灯桜が大好きだよ。
太陽の光が射すだけの薄暗い部屋で慊人の前に正座して、そう告げたのは約1年半前の燈路。
「結果慊人は灯桜に全治2週間の怪我を負わせた。
灯桜はただ慊人の逆鱗に触れただけだと思っているようだが」
「ボコボコに殴っちゃったわけね」
約1年半前、入院していた灯桜に見舞いに行ったはとりは病室で頭に包帯を巻かれ頬や首、服で隠れてはいるけれど体の至る所に痣や傷を作っていたのを覚えている。灯桜は慊人を怒らせちゃったとへらへらと笑っていたのが今でも容易に思い出される。
「その事件の後燈路は極力#NAME1#に近づかなくなったらしい。
その間に灯桜は大学を辞め、いつものように家を空ける事が多くなった」
「自分が原因で大切な人が傷ついたなら億秒にだってなるからね」
「燈路は自分がした事に対する憤りを、どうしたら良いのかわからないのだろう。
慊人は責められないからな」
「それで透君に八つ当たりですか。若さ故の不条理よ…ってね」
普段ならばこのような話は知っているであろう紫呉がこの事は耳に入れていなかった事にはとりは意外そうにする。
「意外だな。お前がこの事件の事を知らなかったとは。
慊人はお前に何でも話していると思っていたが」
「結局僕も信用されてないのさ」
着けていた眼鏡を外しワイシャツの胸ポケットにしまうはとりに紫呉は話を続ける。
「好きにすれば良い。どうせ最後に思い知るのはあっちなんだ」
悪役のように悪い笑顔を浮かべる紫呉にガキだなと、はとりは悪態をつく。
「そ、僕はガキなのさ。呆れちゃう程」
「慊人の八つ当たりまで本田君が受けたりしないか、心配だな」
「何だかねえ…本当に下手くそだね、僕らは。好きになったり、大切にする事が」
好きだからくっついてみたり。取返しのつかない事が起きて臆病になって離れてみたり。突き放したり。