第4章 夕虹
Nino
もうすぐ日付がかわりそうだという、夜も深い時間。
カチャ……と、玄関のドアが静かに開いた。
やっているゲームから目を離さないまま、全神経を右の扉に集中する。
やがて、申し訳程度の短い廊下を、ペタペタと歩く音がして。
「…ただいま」
この静かな空間を壊さないような、ひそやかな声がした。
「来てたんだ……ニノ」
俺は、顔をそちらに向けないまま、
「……お邪魔してます」
といった。
この家のものではない香りを纏っている智に、俺は微かに眉をひそめる。
赤ちゃんのような、甘やかな匂いをしてるはずの彼は、いまは人工的な香水の香りとタバコの匂いを僅かに漂わせてて。
1Kのこの部屋は狭いから、外から持ち込まれたその匂いに、またたくまに染まってゆく。
智の家なんだから、転がり込んでる俺がどうこういえた立場じゃないが、知らず息を吸うのをためらってる自分がいて……そんな自分が嫌になる。
「シャワー浴びてくるわ……」
智は、ポケットから財布やスマホを出してテーブルに投げながら、気だるく呟いた。
そして、着てるシャツのボタンを弾きながら、浴室に向かった。
その後ろ姿を、こっそりと目でおうと、首筋に赤い跡がついてるのに気づく。
体育の時間どうすんだよ……、と俺の方が気を揉んでしまうんだ。