第5章 ふわりふわり揺れる思い
涙が、溢れる…こんな事言いたくはなかった。
自分の体と記憶の事をこんな形で、聖臣にぶつけたくはなかった。
みんなと色んな事を話す時間は、好きだったけど、ある時違和感を感じた。
あるはずの記憶がない事…彼らは、腫れ物に触るように、記憶が有るのか無いのか確かめて話題に触れていた事も。
特に、聖臣がそうだった。
バレーの話をするときは、何かを窺うように話を進めていく事が多く、反対に元也は、男子バレー部の先輩のことやおもしろそうな話だけしてくれていた。
聖臣は、悟られないように淡々と話をして分らない事があれば、その(記憶)事に関する事は、避けてくれていたような気がする。
時折、何かを思い出そうとすると頭が痛くなり、南條先生に相談をすれば、その行為自体が、脳に影響を与えていたんだろうと、先生は言っていた。
「記憶がない事を考えないようにしていたの。
皆して避けてたでしょう?
私を腫れ物か何かみたいに触れて、好きだって言ってくれたのもそれは、私がかわいそうな人だからじゃないかって。
事故にあってこんな体になって、手術しても元に戻らないじゃないかって。
不安で堪らない…こんな私は、嫌い・・・大嫌い・・・」
止まらない、止めようとしても溢れてくる暴言。
こんな事を言う私は、私じゃない。
「沙耶!」
少し泣きそうな声で名前を呼ばれ、抱きしめられた腕が強い。
「なんで・・・そんな事言うんだよ。
沙耶は、かわいそうな人間じゃない。
手術すれば普通の生活には戻れるって、南條先生も言っていただろう。
記憶の事だって…事故が起きて頭を打って血まで流していたんだ。
その影響で記憶障害も起きているのは事実だ。
だからって俺達は、そんなつもりで話をしていたんじゃない。
俺は、記憶がなくても沙耶が、前の自分じゃないって言っても好きだ。
何も変わったりしない。
ずっと好きだったんだ…この気持ちも嘘じゃない…」
聖臣をみれば、はらりと涙が流れていた。
初めて見る彼の涙…違う…前にもあった。
事故が合った日、眠っていた時に見えた聖臣は、今と同じように涙を流していた。
苦しくて切なくて、堪らない気持ちになった。
「聖臣…傷つけてごめんね」
「お前は、本当バカだ。でも好きだよ」
聖臣の言葉が、温かくて涙が零れた。