第5章 ふわりふわり揺れる思い
「頑張ったな、少ししたら熱も引いていくだろう。
今日は、眠りなさい」
先生は、優しく頭を撫でて病室を出て行くと、聖臣達をどこかに誘導させていた。
『きよ…おみ…』と小さく呟いて涙が、零れるところを先生だけがなぜか気づかれた。
その顔は、少し悲しそうな表情をしていて、何も言わずに病室の扉を閉められる。
「沙耶ちゃん、南條先生も言っていたけど、少し眠らないとね。
熱があるときは、寝るのが一番だしこれから検査やリハビリを頑張ろう。
おばさんも手伝うから、一緒に乗り越えようね」
葵おばさんが、優しく励ましてくれているのに、不安が増してくる。
だって熱があるときは、いつも聖臣が居てくれてから。
仕事で帰りが遅くなる母に、体調が悪くても何も言えず部屋に閉じこもる。
じっと耐えても熱は下がらず、苦しさだけが増していく。
そんな時、タイミングを計ったように聖臣から連絡が入り、明るく振る舞おうとしても、体調が悪いとバレてしまうらしい。
『このバカ、体調悪いなら悪いって言えよ』と怒りながら、家の鍵を開けて入ってくる。
バタンと扉が閉まると、こっそり部屋から除けば、台所でおかゆの準備をしてくれる。
「何?寝てなって!それとも、お姫様抱っこで部屋まで運ぼうか?」
「いいえ、滅相もございません」
「それなら、回れ右して部屋戻って、出来たら呼ぶから」
シッシッと手で追い返されてしまうが、従わないと後が怖いし言うことを聞くに限る。
布団にはいれば、一人でいる寂しさから解放されて安心し、いつの間にか寝てしまう。
数時間後、目が覚めると聖臣は、私の手を握りながら器用に本を読んでいるか、携帯で調べ物をしていたりする。
「起きた?気分は?」
「聖臣、移っちゃうよ…」
「マスクしてるし、消毒もしているから問題ない。
それに、沙耶と違って弱くないから大丈夫、変な気遣いするなよ」
照れ隠しをしながら、額に軽くデコビンしてくる。
「もう~痛いな!私病人なんだけど?優しくしてよね」
『はいはい』と笑いながら頭を撫でて看病してくれていた。
ここに彼が居ない空間は、怖さだけが充満をしていて心に巣をつくるように張り出す。
「きよお…み…行かないで」
困った顔で見ている看護婦さんと葵おばさんにも気に留めず、涙がひとつ零れ瞳を閉じた。