第1章 蘇れ
「ハートの女王?偉い人なのか?」
私よりも機敏に振り返ったグリムが、その声の主に話しかけた。
一歩遅れて私も振り返り。
彼と視線を交わした。
「昔、薔薇の迷宮に住んでた女王だよ」
『……薔薇の…』
ぼんやりとした反応を返した私に、先ほどからこちらへ遠巻きな視線を送ってきていた赤毛の少年が、にこやかな笑みを向けてくる。
(…あれ?あぁそうか。見覚えがあるのは、この子…確か学内で一番最初に見かけた子だ)
寮を出てすぐ、すれ違ったはずの彼がなぜ、一人で、この石像の他には何もない校門近くにいるのだろう。
(…もしや、迷子?)
軽く首を傾げた私の反応を見て、彼は「ハートの女王」について、私が疑問を持っていると解釈したらしい。
「規律を重んじる厳格な人柄で、トランプ兵の行進も、薔薇の花の色も、一切乱れを許さない。マッドな奴らばっかりの国なのに、誰もが彼女には絶対服従」
「なんでかって?」
「規律違反は、即打ち首だったから!」
嬉しそうに。
彼は私が知らない「ハートの女王」の伝承を、笑って話す。
「こ、こえーんだゾ!」
意外にも、グリムが私と同じ感情を抱いたらしい。
「クールじゃん!オレは好き」
『…クールだと思うのはどうして?』
爛々と輝いている少年の瞳が、私に向けられた。
彼は小さく、「ッシ」と呟き、自身の身体の陰で、目立たないようにガッツポーズをした。
「……ぁ。…だって、優しいだけの女王なんてみんな従わないだろ?」
「確かに、リーダーは強いほうがいいんだゾ」
『………ぇー…』
「あれ、なんか言いたげじゃん?…なぁ、お前の名前…」
「っていうか、オマエは誰だ?」
私に何かを問いかけようとした彼の言葉を遮り、グリムが質問した。
『私も気になってた』
「だろ。オマエ誰なんだゾ」
『言い方が酷い。名前を教えてって言えばいいんだよ』
「ん?だからそう言ってるんだゾ!」
「オレはエース。今日からピカピカの1年生。どーぞヨロシク♪」
お前は?と、エースが私に話を振ってくれたのを無視して、グリムが元気よく手を上げた。
「オレ様はグリム!大魔法士になる予定の天才だゾ!ちなみに、こっちは子分のカオルなんだゾ!」
「…カオル?珍しい響きの名前だな」
『…子分じゃないです…』