第2章 差し出せ
『…おやすみなさい』
「…えーっと…お、おやすみ?」
あれだけ自由に他人のベッドを蹂躙していたのに。
まるで借りてきた猫のよう。
エースはすっかり大人しくなった。
『今日、声かけてくれてありがとう』
「……え?……あー、そういうのやめない?別に、からかって声かけただけだし」
お礼言われるようなことしてない。
エースはそうぽつりと呟いて、そのまま押し黙ってしまった。
しばしの間が空いて。
「…っあ、それで横で寝てくれてんの?いいってそんなの、つーかお前無用心過ぎね?どうすんの、オレがサバナクローの連中みたいな肉食系だったら」
『…サバナクロー?』
「昼もはやナンパしてきてた奴いたじゃん。獣耳の、多分先輩っぽかった。アイツみたいなのがサバナクロー。黄色い腕章の、制服も黄色っぽい」
『……ナンパ?……あー、ラギーくんか。「サバナクロー」っていうのは、「ハーツラビュル」と同じ系列?』
「系列……まぁそうだけど。この学校のこと知らな過ぎ…って、そりゃそうか。いいか?この学校には寮がいくつもあってーーー」
背を向けたまま。
二人同じベッドの上で、色んな話をした。
彼はとても話し上手だった。
私は時間を忘れて、彼の話に聴き入った。
気づけば、二人共。
仰向けになって、たまに大笑いしながら、お互いの話に夢中になっていた。
「ふなぁ〜うるせぇんだゾ!早く寝ろオマエら!」
「あ、やっべ怒られた」
『あははは、エースが笑わせるから』
「いや、お前の失敗談も相当笑えるけど。他人のコト言えないと思いますよー?」
『あー楽しい、でもそろそろ寝ないと』
「あー腹痛ぇー。そーだな、寝よ寝よ!」
じゃ、おやすみー、と。
エースは悪戯っぽく笑って、私の方を向いたまま、眼を閉じた。
『……おやすみ』
「っておい、「いやソファで寝ろよ!」ってツッコめよ!」
『あははは』
「マジでオレきめぇ奴になるところだったじゃん」
はぁーぁ、とため息をついて。
エースが身体を起こし、ベッドの縁に腰掛けた。
『なんだかんだ優しいよね』
「はぁ?」
『おやすみ』
声をかけた私を一度だけ振り返って。
エースは不満そうに口を開いた。
そして、なぜか。
「…ごめん」
『…ん?』
「おやすみ」
エースは私に何かを謝って。
部屋から出ていった。